yasuitoshiyuki

国家公務員を本職としながら、所属省庁から兼職承認を得て、無給で慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の特別招聘教授を務め、さらに現在は同研究科附属SDM研究所で上席研究員として研究及び教育に当たる保井俊之(やすいとしゆき)さんへのインタビュー。

最終回は、「公務員が2枚目の名刺を持つこと」の意義や留意点について、10数年の間、2枚目の名刺を持つスタイルを続けてきた保井さんにお話を伺った。

なぜ公務員は2枚目の名刺を持ちづらいのか

多くの民間企業がそうであるように、公務員にも兼業に対する規制が敷かれている。

ところが本業だけに専念していても、問題解決の因数は増えていかない。公務員が取り組む複雑な社会問題を解決するための糸口は、2枚目の名刺活動との掛け合わせによって得られることが多いというのに。

では、どうすれば公務員が2枚目の名刺を持つことができるのだろうか。保井さんは、現在公務員が2枚目の名刺を持ちづらい理由をこう指摘する。

保井:「理由の一つは、他の民間企業もそうなのですが、国家公務員法および地方公務員に対する関連法規の多くが兼業規制を規定しており、その規制が規制の趣旨を大きく超えて、週末のボランティア活動などにも参加しにくい『雰囲気』や『空気』として感じられてきたこと。なお、業とは、報酬をもらえる仕事を意味します。

原則として、公務員は専業であること、メリットシステム*1で採用および人事管理がなされることが、官僚の腐敗を防止するために必要だと考えられています。この原則は公務員の清廉性、公平性の担保として固く守るべき、とても大事な原則だと、わたくしも考えています。他方で、公務員が週末に無給でボランティア活動に参加する際にも、一種の心理的ハードルとしてこれまで作用してきたように見えます」

国家公務員法103条*2および104条*3が、公務員の兼業を規制している。報酬を得るような「副業」は、原則として認められていない。これは世界各国の公務員制度の在り方として共通している。

その規制はかたく遵守すべき大切な倫理規範なのだが、他方で、その規制の趣旨を大きく超える、週末のボランティア活動などにも参加しにくい『空気支配』が兼職規制の名のもとに、これまで特に地域で拡大していたことに、保井さんは問題意識を持っているのだ。

保井:「もう一つは、公務員は公平であること、中立であることが求められており、プライベートの領域であれ、自分のイノベーティブな意見を自由に表現することは不偏不党の精神を逸脱していると周囲の方々に受け止められるのではないかと委縮する雰囲気があったためです。特に地域で週末も生活で色濃く交流する地域の公務員の方々には、これまでこの雰囲気が強かったように感じています」

物事への見解を示すにあたり、物事の善し悪しに触れることがあるが、このことは公平中立の立場を犯すリスクにもなる。地域の在り方を前向きに変えていきたいという主旨の発言は、見方を変えると現状否定と捉えられかねないからだ。

特に地方公務員の場合、職場と住まいが同じ地域にあることが多いため、日常生活に差し障らないよう、より言動が慎重になってしまうこともあるだろう。

例え本職とは全く関係のない取り組みであっても、匿名で活動したり、他の地域で活動したりということが、日常的に行われているという。公務員という肩書きを背負わない、私人としての発言であっても、なかなかやりづらいのが現状のようだ。

保井:「それでも私が入省した30数年前から考えると、だいぶ2枚目の名刺を持ちやすい土壌になりつつあります」

求められる公務員像の変化

保井:「まず国民、市民のみなさんの意識が大きく変わりました。公務員が複雑化した社会問題を解決するために、違なる要素を掛け合わせ、人々をつなぎ合わせられるような能力やスキルを持つことの重要性を知ってもらえるようになったように思います」

問題解決につながるプラットフォームを生み出すためには、様々な目や耳を持っておく必要がある。

しかし2枚目の名刺を持っていないと、あるいは2枚目の名刺的な活動に関与していないと、そのようなプラットフォームを作るハブにもなれないことがようやく知られるようになり、ここ10年ほどの間で許容され始めたのだ。

自動販売機型の行政であることが良しとされた時代

では、これまでに公務員が市民から求められていた姿とは、どのようなものだったのだろうか。

保井:「行政学者でもあった1920年代のアメリカ大統領ウィルソンの言葉を引用したアメリカの行政学者ケトルは、『公務員はマシーンのようにあるべきだ』という時代精神だったと言っています。今の時代と照らし合わせると、いわゆる“お役所仕事”を揶揄するかのようにも聞こえますが、モータリゼーションが始まろうとしていた当時、マシーンはしびれるくらい格好良いことの例えとして使われていたのです」

アメリカでメリットシステムが採用される前の公務員制度のもとでは、ほぼすべての公職の任命が政治的な背景に基づいて行われていた。

政権の運営に必要な公職を支持者だけで固めるべく、選挙によって政権が交代すると同時に、スポイルズ・システムすなわち、公職に就く人が支持政党によってガラリと入れ替わるようなことがしばしば起きていたのだ。

公職がまるで狩猟の獲物のように扱われているという皮肉から「猟官制」とも呼ばれたこの制度下では、公正さは保てない。

汚職政治を生むこのような制度への批判から、クリーンで機能的な政治や行政システムが求められるようになった。アメリカでペンドルトン法が1883年に制定され、政治的任用を求められる一部の幹部政治職を除き、メリットシステムで公職の任命や管理がなされ、公務員に専業義務が設けられたのには、こうした背景がある。そして各国の公務員制度がアメリカの制度にならい、メリットシステムでの公務員制度への改革をしていった。

保井:「自動販売機のように100円玉を入れてコカコーラのボタンを押したら、ゴロゴロゴロとコカコーラが出てくる。そのたとえのように、行政学者ケトルは『べンディングマシンガバメント』と呼びますが、メリットシステムによって公務員に狭い意味での専門性や細分化された組織としての階層性が強調されるあまり、冷徹無比でシステマチックなマシーンであることが、行政のイメージとして求められるようになったのです」

公務員に求められる2枚目の名刺的機能

このようなスタイルが1990年代まで続いてきたが、時代とともに持ち込まれる物事が複雑化していき、問題を解決することが困難になってきた。問題解決の提示を、単純な機械のように一対一対応で行うのでは、問題が解決しなくなってきたのだ。それは世界共通の現象だった。

例えば「待機児童が多い」という問題を投入しても、既存の枠にはめた出来合いの解決策が出てくることはない。用地確保の問題、近隣への騒音問題への配慮、開設のための予算確保など、色々な問題が絡み合っているため、一つの解決策で「竹を割ったように」解答することはできない。毎回毎回問題が提示される都度、複雑なシステムの問題として解決することが行政に一層求められるようになった。

保井:「ここ20年くらい行政改革の必要性が叫ばれ、様々な施策が打たれてきました。行政官は細かいサイロの中に分散し、専門性に過度に依存してマシーンのように動くのではなく、あらゆる側面の当事者同士をつなぎ合わせるハブとなり、問題を解決するための基盤やプラットフォームをつくる役割を担うことが重視されるようになりました。このような行政のコンセプトは『プラットフォームとしての政府』と呼ばれ、2010年代に入り注目されています。プラットフォームを構築するために、立場や職業・生活がさまざまに異なる当事者の方々をシステムとしてつなぎあわせる、2枚目の名刺的な機能が行政官に求められるようになったと考えてよいでしょう」

公務員が2枚目の名刺を持つときの留意点

社会の変化にともない、公務員が組織を越えた活動をすることへのハードルは下がってきたようだ。

しかしその心理的ハードルは決して消えてしまったわけではない。

公務員が2枚目の名刺を持つ上で留意すべき点には、どんなことがあるのだろうか。保井さんは2つのポイントを示してくれた。

保井:「一つは、本職の肩書きを2枚目の名刺のフィールドに持って行かないこと。普段の立場を離れてこそ、自由な発想が生まれ、異なるバックグラウンドを持つ人々とフラットにつながり合えます」

前記事で詳しく述べたが、新しい何かを創造する自由な対話(ダイアローグ)をするためには、肩書きを外し、「この場は日頃の立場など関係なく、何を発言しても安全な場所だ」と皆で確認し合うことが不可欠だ。

「公務員であるという肩書きは、2枚目の名刺の世界では全く意味をなさない」と保井さんはあえて言い切る。公務外のフィールドで意味のあることは、その人個人の持つインテリジェンス(知)やファンクション(機能)なのだ。

保井:「もう一つは、2枚目の名刺の活動を言い訳にしないということです。専業の人と同じかそれ以上のことをやっているということを説明できるようにしておく必要があります」

2枚目の名刺を持つような生き方が許容されるようになったとはいえ、今なお本業に没頭する人生を良しとする人が大多数であることを忘れてはならない。

パフォーマンスが上がらないことや、失敗したことの理由を2枚目の名刺に求めないということは、常に心掛けておくべきだろう。

2枚目の名刺が退職後のスキルセットになる

最後に、保井さんご自身の今後のキャリアプランを伺った。

保井:「複眼的な生き方を続けていくのではないでしょうか。自分の価値観なり、やりたいことを追求し、これからもいくつかのドメインを持ち続けていくのだと思います」

国家公務員としての仕事には定年がある。しかし地域や日本、世界のためのパブリックな活動や、研究者、教育者あるいは個人の趣味としての取り組みは、一生続けていくことができる。

「むしろそのような生き方を退職後にも迫られるのではないか」と保井さんは言う。

保井:「定年に備え、本職のフィールド以外で生きることの訓練をしておくことが、今の日本人が一番やるべきことだと思います」

保井さんは今、住まいのあるワシントンD.C.で生け花の教室に通っている。クラスメイトのほとんどがアメリカ人だが、彼らが生け花を始めた理由は、「定年後の楽しみとして、花を生けるというスキルセットを持っておきたい」ということだそうだ。以前タンゴを習いに行っていたときも同様だったという。

日本人は仕事に没頭するあまり、定年を迎えるまで仕事以外のことに関わる機会がない人も多い。そうした場合、定年後にあれをやりたい、これをやりたいという理想を思い描いていても、スキルセットが不足しているために、できずに終わってしまう可能性が高まるのだ。

保井:「2枚目の名刺を持っておくことで、縁も生まれますし、定年後の幸福度も確実に高まります。公務員に限りませんが、定年後のスキルセットについても真剣に考えておく必要があるのではないでしょうか。人生85年時代です。一つの会社の60歳あるいは65歳まで働き続けたとしても、定年後には約20年の『二枚目のライフプラン』の時期があります。その時期をより幸せに生きるために、準備しておくことも大事なことだと思っています」

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*1公務員の任用や昇進などが資格や成績を基に決定される制度
*2(私企業からの隔離)職員は、商業、工業又は金融業その他営利を目的とする私企業(以下営利企業という。)を営むことを目的とする会社その他の団体の役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、又は自ら営利企業を営んではならない。(国家公務員法第百三条)
*3(他の事業又は事務の関与制限)職員が報酬を得て、営利企業以外の事業の団体の役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、その他いかなる事業に従事し、若しくは事務を行うにも、内閣総理大臣及びその職員の所轄庁の長の許可を要する。(国家公務員法第百四条)

※このインタビューおよび執筆、慶應SDMの研究・教育活動は無報酬で行っており、意見にわたる部分は保井さんの私見です。