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システム思考×デザイン思考がソーシャルイノベーションや地域活性化に有効な理由

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国家公務員としてワシントンD.C.に勤務する保井俊之(やすいとしゆき)さんは、休日を使ってシステム思考、デザイン思考、社会システム論、地域と社会のイノベーション、地域活性化についての研究を行い、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)で研究と教育を行っている。

大学院のホームページに記載されているプロフィールには、「慶應SDMのソーシャルイノベーションのためのワークショップ等で4000人超の参加者をファシリテーションした」とあるが、そのワークショップが非常にフランクなダイアローグ(対話)形式で行われているのだという。

今回は、このような形式のワークショップを数多く行う理由やその目的、またワークショップを通じて参加者に伝えたいことは何なのかを伺った。

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複雑な問題解決に取り組むための手法「ダイアローグ」

フラットな形でダイアローグを行う理由には、2つの側面があるのだという。

保井さん(以下、敬称省略):「問題解決手法であるシステム思考やデザイン思考の応用方法の一つが『ダイアローグ(対話)』と言われるものであり、この方法論の特徴がフラットな形式であるからです。人間は、恐縮な言い方ですが、いわゆる『サル山』のようなヒエラルキーのなかにいると、問題解決をしようにも、自由な発想や発言はできません」

確かに、自分よりも職務上の立場や社会的地位の高い人がいる場で、心の在り方を自由に語る勇気を、ほとんどの人は持ち合わせていないだろう。

「この場には上下関係などなく、何を発言しても安全な場所だ」と安心したうえで参加してこそ、自由にアイデアを発想し、つなぎ合わせることができる。それこそがイノベーションを生む大きな力になるのだ。

保井:「もう一つは、ワークショップやダイアローグの手法を公務員が身につけることで、職場で取り組む問題解決や因数分解に役立てられるのではないかと思うからです」

「公務員は利他意識に溢れた人が多い」と保井さんは言う。自分で何をしたいとか、お金を稼ぎたいということではなく、他者に持ち込まれた他者の問題を一生懸命に解くことを職務とするからだ。

こうした同僚たちの役に立つのではないかとワークショップやダイアローグの設計そのものを研究していたら、それが役所だけではなく、民間企業に勤めている若い人たちが抱えている悩みにもぴったりとはまることに気が付いた。

保井:「慶應SDMで研究をしたり、教鞭を取ったりするなかで、何百人もの人が悩みごとの相談にやってきましたが、悩み事のパターンは大体同じでした。立場を超えた仲間たちと複雑な問題に取り組むことで、世の中の閉塞感を打ち破りたい。でもどうもうまくいかない…と無力感に苛まれている若者たちにたくさん出会ったのです。彼らに共通していたのは、公務員と同じく、自分に何かしらの利益をもたらしたいという利己欲求ではなく、他の人ひいては社会のために何かしたいという利他欲求にあふれていたことでした」

「同質の人間が集まって、ただ一生懸命課題に向き合うだけでは、問題を解決できないのではないか」と失望する若者たちを前に、かつて同じように悩み、悶々と過ごしていた自分の姿を見た。

「システム思考やデザイン思考を学ぶことが問題解決の糸口となる」

保井さんの元を訪れ、こうアドバイスされた人たちが、ワークショプに参加したり、慶應SDMでシステム思考やデザイン思考、ダイアローグの手法を学ぶようになった。

イノベーターのためのワークショップを日本各地で実施

しかし研究を続けていくなかで、ダイアローグに問題解決の活路を求めるイノベーティヴな人たちが疎外され、肩身の狭い思いをしているという現実を知る。

特に東京から一歩地域へ出てみると、そこには閉塞感や縦割り感に満ちた社会があり、彼らへの風当たりも顕著だった。

例えば、「対話のために町内会長さんたちに公民館に集まってもらったら、全員70歳代の男性だった」といった具合で、女性や若い人たちはどこにいるのだろうかと探すと、その公民館の裏で裏方の仕事に忙しかったり、たまに休憩でお茶を飲んでいたりするのだ。

保井:「若者や女性も含め、みんなでフラットに問題解決をするのがとてもいい。でも当の本人たちは、問題解決をしたくとも、『私たちが町内会長さんに言ってもね…』と働きかけをすることに躊躇しているのです。諦めと同時に、疎外されることへの恐れもあるように感じました。色んな立場の人が集まって、フラットな形でダイアローグを行うことが、地域の、ひいては日本の活性化につながるだろうに」

保井さんの研究分野に「地域活性化」や「ソーシャルイノベーション」があるが、このような想いに端を発している。閉塞感に満ちた縦割り型の社会では、複雑な問題を解決したり、イノベーションを起こすことは困難だ。

何とかこの状況を打ち破ろうと、日本全国をまわり、地方にいる“疎外された”イノベーターを集め、定期的にワークショップを実施してきた。こうしてワシントンD.C.に渡る前の2016年7月までに、慶應SDMのワークショップも含め4000人を超える人たちへのファシリテーションを行うことになったのだ。

ワークショップを通じて知ったことは、社会を前向きに変えるために行動する人の多くが、組織や立場を超えた2枚目の名刺としてその活動に取り組んでいることだった。

さらに2010年代に入ると、保井さんと同じようにシステム思考、デザイン思考を使って、2枚目の名刺的にソーシャルイノベーションをめざましく実践する人が、少なくとも10〜20人ほどはいることがわかった。

保井さんの最新刊「無意識と対話する方法」(前野隆司教授との共著)には、こうした方々が紹介されている。

イノベーターに伝えたい3つのこと

問題解決のためのシステム思考やデザイン思考の手法を広めながら、保井さんがイノベーターに向けて発してきた3つのメッセージを紹介しよう。

1.「2枚目の名刺を持つことはおかしなことではない」

一つ目は、「他の人と異なる視点を持ち、異なる考え方をし、異なる生き方をすることは、何もおかしなことではない」ということだ。

保井:「日本は2枚目の名刺を持ちづらい国だと思うのです。“この道何十年これだけをやってきました”と誇り、”一隅を照らす”ことに価値を見出す。1つの仕事に没入することが尊いとされてきた文化があるからです。それは確かに尊いこと。でも2枚目の名刺を持つことは不自然なことではない。考え方も生き方も、それぞれ違っていいのです」

2.「1+1=3になる世界がある」

次に、「フラットにつながることで、1+1=3になる世界がある」ということだ。

ただしこれは、サル山のような縦割り型の世界では実現しない。1枚目の名刺の肩書きを外し、自由な意思を持った者同士がフラットにつながり合った世界でだけ起こり得ることである。

保井:「人は1枚目の名刺のポジションで主張することに慣れているので、自由に話のできるフラットな場であっても、肩書きを背負ったような発言をしてしまうものです。でもそれでは全く問題解決になりません。肩書きや立場といった枷が外れた途端に1+1=3になるような、集合知の新しい世界が出現します」

繰り返しになるが、こうした世界を生み出すための手法の一つが、保井さんが日本各地のワークショップで教えてきた「ダイアローグ」だ。

3.「縁を広げることで、幸せに暮らすことができる」

「2枚目の名刺を持つことで、あなたが幸せになります」ということも発信している。

保井:「22歳で大学を卒業し、会社に入り、その会社一筋で会社のために尽くし、そのまま60歳でハッピーなリタイアメントを迎えることが、ほとんど不可能な世の中になりました。出向あり、転籍あり、転職あり、リストラあり、事業再編あり、です。名刺を1枚しか持っていないと、その職を失った途端、路頭に迷うかもしれません。それどころか地縁および血縁が薄くなった今、いわゆる『無縁社会』に自分がストンと落ちてしまい、世界から切り離されてしまう可能性も多いにあります。フラットに縁をつなげていくこと、人との関係性を持ち続けることは、『無縁社会』に陥らないためにも必要なことでではないでしょうか」

1枚目の名刺でつながった縁は永続的なものではない。今あちこちのニュータウンから届く孤独死のニュースは決して他人事ではないのだ。特にこれからの世の中において、1枚目の名刺だけに人生を委ねることは、むしろ危険なことですらあるのだろう。

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保井さんがファシリテートするワークショップやダイアローグによって、世界や地域の問題解決をしたいのに、その手法がわからないとくすぶっていた4000人以上の人たちが、システム思考やデザイン思考の手法を手にするにようになった。

彼らが社会課題に取り組むための“2枚目の名刺”のフィールドで、フラットな形のダイアローグが活用されることで、集合知が生まれ、人々の社会との縁が築かれていくだろう。

では、公務員はどうだろうか。日々社会の難題に取り組む公務員にもこの手法が役立つということが、保井さんが研究を続け、ワークショップを実施するモチベーションにもなっている。

公務員がダイアローグの手法を学び、それを本業だけではなく2枚目の名刺にも活かし始めたら、社会が大きく前進するだろう。

しかし日本の民間企業が一般的にそうであるように、公務員は専業規制のため、“2枚目の名刺”を持ちづらいと言われる業種でもある。

果たして本当にそうなのだろうか。現に保井さんは、国家公務員としての名刺のほかに、研究者や教育者、ファシリテーターとしての“名刺”を持っている。なぜそれが可能なのか。また公務員が2枚目の名刺を持つ上での留意点は何なのだろうか。

次の記事で紹介する。

※このインタビューおよび執筆、慶應SDMの研究・教育活動は無報酬で行っており、意見にわたる部分は保井さんの私見です。

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はしもと ゆふこ
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女性誌出身の編集者。 「人生100年時代」に通用する編集者になるべく、雑誌とWebメディアの両方でキャリアを重ねる。趣味は占い。現在メインで担当するWebメディアで占いコーナーを立ち上げ、そこで独自の占いを発信すべく、日々研究に励んでいる。目標は「占い師」という2枚目の名刺を持つこと。