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僕が大手弁護士事務所から独立し、「ソーシャル業界支援」の道を選んだ理由

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鬼澤秀昌さんは司法試験合格後、NPO法人に勤務していた異色の経歴を持つ弁護士だ。

現在は独立開業し、BLP-Networkの副代表、社会起業家の業界団体でもある新公益連盟の監事をつとめ、NPO業界のリーガルサポートを第一線でリードするとともに、NPO法人Learnig for All非常勤職員、日本スクールコンプライアンス学会などの教育関連の業務や活動も積極的におこなう。

鬼澤さんがソーシャル業界の幅広い支援をおこなうようになった経緯、BLP-Network設立のきっかけ、鬼澤さんにとっての2枚目の名刺などについてお話をうかがう。

プロフィール:鬼澤秀昌
2010年東京大学法学部卒業、2012年東京大学法科大学院修了。2012年にBLP-Networkを設立。同年の司法試験合格後より、特定非営利活動法人Teach For Japanへ1年間勤務。2015年にTMI総合法律事務所入所。2017年、おにざわ法律事務所を開業。

社会課題の解決のために、今できることをやる

父親が法律関係の仕事をしていたこともあり、中学・高校時代は裁判官を目指していたという鬼澤さん。大学入学後に参加したサークル・OVAL(国際ビジネスコンテストの運営などをおこなうサークル)でビジネスの仕組みなどを学ぶうちに、ビジネスは皆が幸せになれる仕組みをつくれるものであると知り、ビジネス法務にかかわる弁護士を目指すようになった。

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「一般的なビジネス法務は、いわゆる大手企業やお金を持っている人が対象になっている部分があります。しかし私としては、お金を持っていない人も対象にしたいと思うようになっていたため、そのような道を模索していました。

そんなとき、書店でTABLE FOR TWO(先進国で健康的なメニューを20円上乗せして提供し、その20円が開発途上国の子どもの学校給食の支援になるプログラムなどを実施している団体)の小暮真久さんが書かれた『「20円」で世界をつなぐ仕事』という本に出会い、持続可能で、かつ社会課題を解決できるソーシャルビジネスという存在を知りました。

その後はソーシャルビジネスの現場を知るため、法科大学院の試験終了後にソーシャルベンチャー・パートナーズ東京(以下、SVP東京。社会課題の解決に取り組む革新的な事業に対し、資金の提供や経営支援をおこなう団体)のインターンに半年ほど参加し、事務局のサポートを担当しました。そこでいろいろな人と出会ったり、教育や農業などさまざまな分野の団体のミーティングに参加したりする中でおもしろさを感じ、その経験が、今の自分のベースになっています。

SVP東京での活動を通じて『社会課題を解決するためには今の自分でもできることがあるし、自分にしかできないこともある。なんでも最初は小さな一歩からはじまるのだから、まずは踏み出してみることが大切』ということを知りました。当時学生だった自分には、強烈な体験でした」

NPOのリーガルサポートの必要性

インターン期間終了後、Teach For Japan(子どもたちの学習環境の向上、若者たちのリーダーシップの育成を目的に活動している団体)代表の松田悠介さんの講演を聞いて感銘を受けたことをきっかけに、2011年頃から、ボランティアとして同団体の運営にかかわる。司法試験が終わってからは、法務の面でもサポートをおこなうようになった。

またその頃鬼澤さんは、ビジネス法務でNPO支援をおこなう団体・BLP-Networkを立ち上げる。

『ソーシャルベンチャーやNPOにビジネス法務のサービスを提供している弁護士が集まったら、弁護士とNPOの双方に価値があるのではないか』と、以前から思っていました。お世話になっていた弁護士の大毅先生、木下万暁先生に相談したところ賛同いただき、私と先生方で、つながりがある弁護士を集めてスタートしました。その頃はまだ私は弁護士ではなかったのですが、司法試験が終わり時間もある時期だったので、弁護士の集まりの事務局を担うことが、当時の自分にできることだとも思っていました。

ソーシャルビジネス自体、最終的には制度を変えていくことが必要になることも多いため『弁護士としてリーガルサポートだけでなく、政策提言もサポートできるのでは』という話は、設立当初からありました。

当時、ビジネス法務を専門としていてNPOの支援をしている弁護士は個別に活動していたため、NPO側も、ビジネス法務の弁護士につながることは難しかったと思います。ですが、団体に顧問弁護士もおらず、規約もなく労働契約書も締結していないという状況では、大きなお金を寄付していただくことは困難です。NPOの発展のためにも、弁護士が、NPOのサポートをできるプラットフォームをつくりたいと考えたんです

弁護士になる前に「自分ができること」としてNPO支援のための団体を立ち上げたエピソードは、鬼澤さんらしい。

BLP-Networkに関する記事はこちら

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BLP-Networkで合宿をおこなったときの一枚。(写真=鬼澤さん提供)

NPO支援や教育分野に貢献できる弁護士に

司法試験終了後の就職活動中、Teach For Japanから「事務局の担当者として働いてみないか」と声がかかる。当時、大手法律事務所のひとつであるTMI総合法律事務所から内定をもらっていた鬼澤さん。結果として、Teach For JapanでNPO職員として働くことを選ぶ。

ボランティアという立場ではなく、NPO法人に職員として、がっつりかかわりたいと考えました。一度法律事務所に入所すると、そのようなかかわりかたは難しくなってしまう。当時はTeach For Japanも一番成長している時期でしたし、今の自分でどれだけ役に立てるかはわからないけれど、あとから後悔はしたくないと思ったんです。

TMI総合法律事務所に相談した結果、『前例がない』と驚かれましたが幸いにもご理解いただき、入所を1年間待っていただけることになりました」

ここから、鬼澤さんのソーシャルセクター支援の人生が本格的にはじまった。

「1年間職員として働く中で『NPOはこういう部分が大変なのだ』と実感し、すごく勉強になりました。自分のキャリアの面でも、とても重要な経験だったと思います。

たとえば『団体のために、こういうことをやった方が良いのではないか』とご意見をいただいたとき、やった方がいいことはわかっていながらも、実際にはやる人がいなかったりする。また、ボランティアやプロボノの方々の力を借りるにしても、コストやアレンジの手間がかかる。どういう方法が団体にとって本当のメリットになるのかについて、考えるきっかけになりました

その後はTMI総合法律事務所へ入所し、本業に邁進しながらも2枚目の名刺としてNPO支援をつづけた。弁護士になって4年目になるタイミングで、鬼澤さんは独立を考えはじめる。

「人にもよりますが、弁護士は、3年目から4年目にかけて徐々に自分の専門分野を固めていくことが多いです。

私は、いずれはNPO支援や教育などの分野を中心に活動していきたいと考えていたため、専門家としての経験を積むためにもそのタイミングで、それらの分野に注力する必要があると思いました。また、2016年に休眠預金等活用法が成立し、今後は数十億円~数百億円単位のお金が民間公益活動のセクターに流れていくこともわかっていましたから、それを支えるためにも、企業法務は必ず必要だとも考えていました。

Teach For Japanで継続的に教育分野にかかわるようになってから、教育分野への関心も強くなっていました。当時は『スクールロイヤー』(学校で起きた問題を解決する弁護士)の導入が少しずつ進んできていたこともあり、自分の興味・関心を仕事にできるかもしれないと考えたんです」

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市民アドボカシー連盟が実施する、草の根ロビイング勉強会に登壇した時の様子。(写真=鬼澤さん提供)

NPOも事業の青写真をつくることが大切

学生時代からNPO支援をおこなっている鬼澤さんだが、NPOの課題はどこにあると考えているのだろうか。

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「ベンチャー企業が資金を調達する時のように『この事業をおこなうためにはお金がどれくらい必要で、お金がどれくらいあると、具体的にどのような変化を起こせるのか』という青写真をつくることは、NPOももっと強化が必要だと思います。『NPOは予算が少ない』と言っているわりには『じゃあ、いくらあれば具体的に何ができるのか』と聞かれた時に、うまく答えられないことが多いように感じます。教育予算にも、同じことが言えます。

そこがきちんとしていないと、せっかくいい活動をしていても、なかなかお金を出してくれる人たちからの寄付や融資などの対象にならない部分がある。また、そのような計画を確実におこなうためにも、リーガルサポートは必要不可欠だと考えます」

NPOの想いを体現し、社会にインパクトを残すためには、具体的な事業計画が必要。ビジネス法務を専門とし、学生時代からNPO支援をつづけている鬼澤さんだからこそ見える課題だ。

自分の行動で社会は変えられる

鬼澤さんは現在、教育にかかわる勉強会や講演活動をおこなう。司法修習のときに指導担当だった弁護士の先生にアドバイスを受けたことをきっかけに、Teach For Japanで一緒に活動していた教師とともに、2014年に教育判例勉強会(教育関係の判例や第三者委員会の報告書を題材に、弁護士と教員で議論をする勉強会)を発足。そこで「子どものために頑張っている先生や団体を支えたい」と考えるようになったという。

現在は保護者や教員、弁護士向けに、いじめ予防、いじめや事故が起きた場合の具体的な対処方法をテーマとした講演や勉強会を実施する一方で、小中学生へ向けた授業もおこなう。

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「いじめを目にしたとき、あなたには何ができるか。たとえばいじめられている子に声をかける、先生に相談するなどいろいろな方法がある。目の前のできごとを『自分ごと』としてとらえ、できることやるべきことを考えてもらう。それが、みんなにとって居心地の良いクラスをつくることになり、結果としていい社会をつくることにつながるのだと伝えています。

私の場合はBLPNがそうでしたが、少しずつでも自分ができることを知ったり、実際に行動したりするプロセスは非常に大切だと思いますし、自分の行動で社会を変えることができるというメッセージは、伝えるようにしています。

たとえばNPOも、NPOとして活動することで、たとえ自分が政治家でなくても、実は施策を変えたり決まりをつくったりすることができる。現状の制度の問題点や『こういう制度や条例をつくればこう変わる』と具体的に提示できれば、政治家や行政も、その案を取り入れたいと考えるようになるんですよね。私自身も経験を重ねたり、NPO向けに開催されているロビイングやアドボカシーの手法・経験に関する勉強会に参加したりして、その方法について少しずつ学んでいるところです」

自分の可能性を広げてくれる2枚目の名刺

最後に、2枚目の名刺を持ちたいと考えている弁護士の方へメッセージをいただいた。

「やりたいことをいきなり事業としてやろうとするとリスクがありますが、本業以外でちょっと自分の時間を使ってなんらかの活動に参加することは、弁護士の場合、しやすいと思います。

自分の心に素直になって、まずはやってみることをおすすめします。少しでもやってみることで、いざ2枚目の活動を本業にしたいと思ったときも、その下地ができますし。置かれている環境で最大限スキルや可能性を活かすために、それぞれが自分のスタンスでかかわっていくことが良いのではないかと思います。

私の場合、2枚目の名刺の活動としてNPOなどのソーシャルセクター支援をはじめましたが、結果的にそれが本業になり、今では境目があいまいになっています。もともと無償・有償にかかわらず、必要な支援を提供することが大切であると考えていましたから、『プロボノとしてNPO支援をやりたい』という想いよりも『いかにビジネス法務でソーシャル業界の発展を支えるか』ということが主眼だったので、プロボノでやること自体に重きを置いているわけではありませんでした。

私にとって2枚目の名刺は『自分の可能性を広げてくれる』ものです。本業ではないポジションだからこそ見える景色がありますし、新たな自分を発見できる場でもあると思います

ソーシャル業界にかかわり支援する方法は、ひとつではない。鬼澤さんのように、NPO職員や教育現場での講演など、いろいろなかかわりかたを通じた、社会課題へのアプローチの可能性があるのだと感じた。

写真:松村宇洋(Pecogram)

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手塚 巧子
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1987年生まれ。日本大学芸術学部卒業後、出版社勤務等を経て、ライター・編集者として活動中。ビジネス、社会問題、金融、女性・学生向け媒体など、幅広いジャンルにて記事を執筆。小説執筆も行い、短編小説入賞経験あり。