「ワールドカップを超えるゴールに向かう、ラグビー引退後の“今”」野澤武史×廣瀬俊朗さん

【今月の二枚目ラグビー人】
廣瀬 俊朗(ひろせ としあき)氏
1981年生まれ、35歳。高校日本代表でキャプテンを務め、大阪の名門北野高校から慶應大学へ進学。慶應大学でもキャプテンを務め、東芝ブレイブルーパスに入部。東芝ではキャプテンとしてチームを日本一に導く。2012年よりエディジョーンズ体制のもとキャプテンに指名される。ワールドカップ2015では試合出場はならなかったもののチームを陰で支え、チームから絶大な信頼を得た。2016年に引退し、日本ラグビーフットボール選手会(以下、選手会)を設立。今年から東芝ブレイブルーパスバックスコーチ。並行してビジネスブレイクスルー大学でMBAを取得中。日本代表キャップ28。

新緑の府中。晴れ渡る東芝グラウンドでインタビューを行った。2015年ワールドカップでのジャパンの大躍進から1年半。廣瀬俊朗はグラウンドにいた。彼はこの間どのような生活を送り、決断を下したのか。煩悶しながらも前に突き進む男の今に迫った。

ラグビー生活をプレイヤーだけで終わらせたくない

野澤:ワールドカップから1年半が経って、引退してからは1年になるのかな? 2015年までに廣瀬がどんな立ち位置で、どんなことを成し遂げたかは『なん勝つ』(『なんのために勝つのか』東洋館出版、廣瀬俊朗著)に譲るとして(笑)。その後、どんな時間を経てこの場所に戻って来たのか。そこには、どんな決断があったのか。あとは日本ラグビーがどうしたら現状の殻を破っていけるか、その理想と現実を聞きたいと思います。

廣瀬:分かりました。

野澤:まずは、今持っている“名刺”を教えてください。

廣瀬:東芝ブレイブルーパスバックスコーチです。選手会の代表は、サントリーサンゴリアスの畠山(健介)選手に引き継ぎました。あとはNPO法人Dooooooooの理事と、ワールドカップのアンバサダー、それとビジネスブレイクスルー大学(MBA)の学生です。

野澤:いくね~。

廣瀬:大学院はマジきついっすよ。今、アカウンティングの減価償却費のところでヒーヒー言ってます。キャッシュフロー教えてください…(笑)。

野澤:僕は勝手に「廣瀬はマネジメントに行くのかな」と思っていたんですよ。結果としては現場に戻ってきたじゃない? 去年1年は何をやっていたの?

廣瀬:ラグビー以外の世界を見たいなと思っていろいろ経験させてもらいました。一番よかったのは、リオのパラリンピックに行かせてもらったことです。南米は初めてでしたし、パラリンピックを生で見られたのは本当に大きな経験になりました。

野澤:三阪洋行さん(第4回ゲスト)ともつながっているんだよね?

廣瀬:はい。今度、ウェルチェアラグビーの池崎(大輔)さんともイベント(※2017年5月21日に終了)をやる予定です。

野澤:ちょっとラグビーから離れてみて、どうだった?

廣瀬:この立場で言うのも変なのですが、ずっとラグビーだけに関わろうとは思っていなくて。現場に戻ってきたのは、プレーヤーサイドの目線だけでラグビー生活を終えるのが嫌だったからです。やり切ってから次の場所へ行きたいな、と。

それと社内の事情ですが、昨年チームが9位になって、何か、自分が好きなチームが9位でいることに満足できなくて。そこに瀬川(智広)さん(東芝ブレイブルーパス監督、現役時代キャプテンを務めていたときの監督)が帰ってくるということで、あの当時を分かっている人がスタッフにいた方がやりやすいのかなと思って、コーチをやろうと決めました。

“本当にやりたい”ことは何だろう…

野澤:実際、コーチをやってみてどう? 東芝に帰ってきてみて。

廣瀬:ちょっと、らしさがなくなってましたね。でも、少しずつよくなってきています。実際には、まだ試合をやっていないので、自分のコーチングの良し悪しが分からないんです(取材は5月下旬に実施)。

野澤:心のバランスで言うと、去年の1年間ってどんな1年間だった?

廣瀬:あまりいい1年ではなかったかもしれません。「何をやってるか分からない」というか…。

野澤:(笑)。

廣瀬:そういう年だったんですかね。いろんな経験をさせてもらいました。講演も喜んでもらえるから嬉しいんですよ。でも「自分のどこにつながるのかな…」と少し悩むんです。

野澤:2015年のワールドカップ終了後にフィーバーが来て、「走っているときならではの空虚感」っていうのもあったんじゃない?

廣瀬:はい。テレビにも出させてもらって。でも「これ、必要なんかな」と思うこともありました。誰かがやらないといけないんですけど。

野澤:2015年16年を一言で表すなら?

廣瀬:2015年は「スポーツ最高」ですかね。

野澤:(笑)!

廣瀬:あの2時間ですべてが変わったじゃないですか。テレビにもみんな出て。あれがスポーツの価値ですよね。16年は、「いろんな生き方がある」ということを学びました。何か面白そうなことってたくさんあるんですけどね。「本当に自分がやりたいことって何なのかな」と、学びながら模索してます

野澤:案外“できない自分”っていうのもいるよね。俺もそうだけど。

廣瀬:ありますね。リオに行く(パラリンピックの取材のため)のとか、めちゃくちゃ不安でしたもん。トランジットどうしよう、みたいな(笑)。

「MBAの学生」という名刺を持つ

野澤:どっちかというと、今後はラグビーの価値を上げていく、という方向に向かいたいのかな?

廣瀬:そうですね、選手のセカンドキャリアにつながるようなことができると嬉しいですね。

野澤:MBAに通っているのもそのため?

廣瀬:“井の中の蛙”になるのが嫌だったんです。この1年、たくさんの経営者の方とお会いしたんですけど、もっと深い話がしたかったんですよね。「ラグビー凄いね」とかでなくて、「経営ってここが難所で、こういうふうにしたら組織が回る」とか、そんな話がしたかった

野澤:なるほど。

廣瀬:将来的には、人材育成などに携われたら、という思いもあります。そういった意味では今、コーチングの現場にどっぷり漬かれているというのは本当にラッキーです。何か物を売って商売するのもいいのですが、教育に関連することをやってみたい。これまでにキャプテンとリーダーの両方を経験できたので、それらも教育に応用できたらと思っています。あとは、ワインを売ることができたら…(笑)。

野澤:リーチのコーヒー、廣瀬のワインショップ@府中商店街!

※リーチ・マイケル選手は府中で「Cafe+64」を経営している

日本ラグビー発展のため、選手会を設立

野澤:選手会を立ち上げようと思った理由は?

廣瀬:実は、ラグビー日本代表の契約内容ってよくなかったんですよ。日本代表を統括している日本ラグビーフットボール協会とは別に、それぞれがチームに所属しているので、選手がストレスを抱える場面が多かった。これじゃ選手は幸せになれないし、子どもたちにラグビー日本代表を目指すことを勧められないな、という思いがありました。選手会設立後、少しずつ環境はよくなりつつあります。

あと、トップリーガーの意識を変えていきたいという狙いもありました。トップリーガーは、日本の全ラグビー人口11万人の頂点の700人です。その人たちが「ラグビーをする環境を変えていこう」と思わない限り、日本ラグビーは変わらない。このスポーツの発展はないなと思ったんです。

野澤:今、何人くらいの選手が入ってるの?

廣瀬:去年は600人くらいが入ってくれていました。海外にこうした組織があると知ってから、構想はずっと頭の中にあったんです。ベスト8を狙うのであれば、日本の今の環境では厳しいなと思います。

野澤:引退してから立ち上げたんだよね?

廣瀬:そうです。現役時代から準備を進め、引退してから立ち上げました。いろいろ大変でしたよ。

野澤:みんな、「いいことだ」と言っても、いざ現場レベルの話になると動かなくなる。日本の中でラグビーが野球やサッカーのようになっていくためには何が必要だと思う?

廣瀬:ビジネスのプラットフォームになることではないですか。現状、企業はチケットをいくら売っても身にならないどころか、協賛金を払わなければならない。そこでビジネスしようとは思わないでしょう。今のラグビーは、企業にとってのCSRの一つなんです。CSRの立ち位置ではラグビー変われないでしょう。

「自分は何をつくりたいのか…」次のゴールを模索中

野澤:選手のときって、ターゲットとゴールがすごく近いと思うんだよね。みんなが日本代表になりたい、優勝したい。そこに行けばいい。でも、アスリートがセカンドキャリアで悩むところは、「自分でゴールを決めなければいけなくなる」ということ。

廣瀬:そうですね。僕は未だに悩んでいますね。2015年のワールドカップがあったから、なおさらなのかもしれません。「あれを超えるものって何やろ」と、いつも思います。

野澤:それってバーンアウト?

廣瀬:そうなんですよね。自分ではそうではないと思っているのですが、何をやっても、「あれに比べたらなぁ…」と考えてしまって。いいのか悪いのか…。

野澤:つまり…まだ、悩んでるってことだね(笑)。

廣瀬:そうですね。いつも悩んでますけどね(笑)。

野澤:でも、ワールドカップのときとは、悩みの質が違うでしょ。

廣瀬:そうかもしれません。

野澤:ワールドカップの前にキャプテンを外されてしまった、それもショックだったと思うけど、チームとしてのゴールは見えていたわけじゃない? でもさ、今の悩みって「そもそもどこに行けばいいんだろう」というのが見えないんじゃない? あのときの悩みの方が深いけれど、モヤモヤ感は今の方が増してるんじゃないかな?

廣瀬:まさに、そうですね。「自分が何つくりたいんやろ?」というのがあるんでしょうね。まあ、こうやって悩んでるときが楽しいんですが。「自分は何に向いてるのかな」と。

野澤:今日の対談はいいね。何故かって言うと、会話の中で一つも「答えらしきものがない」から。今の廣瀬っぽくていいんじゃないかな。きっと、5年後、10年後にこの記事を読んだとき、「あのとき、悩んでたな」って思い出すんじゃないかな。

廣瀬:今は、蓄える時期なんかなあと思います。

野澤:今は悩み中、ってとこだね。

廣瀬:普段は80%ゴリさんが喋ってるじゃないですか、くだらない話を(笑)。今日は何を真面目なこと喋ってんねんというくらい、真面目なことを話してますね。

野澤:酒酌み交わして話す話ですね。新緑の前では答えが出ないな(笑)。廣瀬というワインはただ今熟成中、ってとこだね。

廣瀬:うまい!(笑)

廣瀬、ありがとう! 普段は酒飲みながらバカ話ばっかりしてるから、こうして将来について真剣に話したのは今回が初めてだったかもね。もがきながら前進しようとする姿勢、リスペクトしておくよ、一応(笑)。その姿がみんなに勇気を与えると思う。いつかエディさんのように「廣瀬way」にたどり着くんじゃないかな。廣瀬俊朗の第2幕、楽しみにしてまーす!
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写真:ハラダケイコ
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野澤武史

野澤武史

歴史教科書で有名な山川出版社で経営に携わる一方、日本ラグビーフットボール協会リソースコーチとして若手選手の強化・発掘を手掛ける。テレビ解説や、新聞・雑誌ので執筆も行い、著書には『7人制ラグビー観戦術-セブンズの面白さ徹底研究』(ベースボールマガジン社)がある。グロービス経営大学院卒業(MBA取得)。