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自由に空を飛んで、行きたい場所に行けたなら―—。

 

そんな夢のような物語を、現実のものにしようとしている人たちがいる。

大手自動車メーカーに自動車エンジニアとして勤務する中村翼さんを代表とする有志団体「CARTIVATOR(カーティベーター)」の若手技術者たちだ。

彼らは、本業の合間を縫って、世界最小の空飛ぶクルマ「SkyDrive(スカイドライブ)」の開発に取り組んでいる。

2020年の東京オリンピックの聖火点灯式で空飛ぶクルマをデビューさせ、2050年までに誰もが自由に空を飛べることを目指して。

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(2020年に一般公開が予定されている有人機(SD-XX)のコンセプトデザイン/写真:CARTIVATOR提供)

 

中村さんの本業の延長線上にあると思われる空飛ぶクルマの開発。

しかし本業外の時間を使って開発に取り組んできた中村さんに、有志団体を立ち上げた理由や空飛ぶクルマの開発に着手した経緯、ワークスタイルについて伺った。

フェラーリが「ヒーロー」だった少年時代

中村さんが「自分のヒーロー」と称する40周年記念のフェラーリとの出会いは、小学校4年生の時。そこからクルマに夢中になり、プラモデルを作ったり、レースを見に行ったり、クルマ関連の雑誌を買いあさるようになったりした。その頃には既に、「将来は自動車会社に入社して、自動車エンジニアになる」と心に決めていたという。いつか自分の理想のクルマを自分の手で創りたいと思ったのだ。

入学した慶応義塾大学・大学院では、機械工学を専攻。学業の傍ら、レーシングカー製作チームの代表として、実際に車を作る活動をしていた。

夢に対して一途な人である。ただ、この時にはまだ、空飛ぶクルマの構想を抱いてはいなかった。

「本当にやりたいこと」をやるために

大学院を卒業すると、念願の大手自動車会社に入社する。部署も、希望していたシャシー設計部(走る・曲がる・止まるといった、車の運動性能などに関連する部品を設計する部署)への配属が叶った。

社会人としてはとても順調なスタートを切ったといえるだろう。普通ならば、そこで本業にのめりこむのが一般的ではないだろうか。

しかし、中村さんは本業に邁進すると同時に、新たな夢を抱いた

「希望の職に就くことができ充実していましたが、勤務する会社で一番やりたかったスポーツカーの企画に携わるためには、十年以上の下積みが必要であることがわかりました。そこで、『自分で会社を作り、理想のクルマを作る仕事がしたい』という、高校生の頃に密かに抱いていた想いが再燃しました」

中村さんは、新たな行動に出た。自分で会社を興すため、MBAを取りにいこうと考えたのだ。入社3年目のことだった。

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社外のビジネスコンテスト優勝が転機に

自分が興したい会社のプランを手にビジネススクールを訪れた中村さんは、講師から「すぐにアクションすべきだ」というアドバイスをもらう。そこで社外のビジネスコンテスト「維新」の存在を知り、会社の同期と3人で出場して優勝。これが CARTIVATOR発足のきっかけとなった。

だがここでもまだ空飛ぶクルマの開発がスタートしたわけではない。CARTIVATOR発足当時は、また違うクルマをイメージしていたという。

「ビジネスコンテストに出展したのは、リーズナブルな価格でボディを自分の理想通りに作り変えられる『オーダーメイドのクルマの製造販売』というプランです。優勝した後、ベンチャー企業などに企画を持ち込んだのですが、実現させることが難しい状況でした。勤務先の会社にも企画提案をし、『おもしろい』とは言ってもらえたものの、なかなか前に進みませんでした」

 

そんな時、ある人から「好きでやっている活動なのだから、もっと自由な発想をしたらどうか」と助言される。

そこで「理想のクルマ」のアイデアを膨らませるべく、仲間たちとブレストすることにした。ビジネスコンテスト時に3人だったメンバーは、10人に増えていた。週1回のペースでブレストを繰り返し、100個ほど出たアイデアの中で一番グッときたのが、空飛ぶクルマ「SkyDrive」だ。

「ビジネスコンテスト後にCARTIVATORに参加してくれたメンバーは、入社後に知り合った会社の同期です。彼らも大学時代に、別の大学でレーシングカーの製作をしていました。会社では、設計の仕事とはいえ部署間の調整やパソコンを使った業務などのオフィスワークが主なので、実際に手を動かして車を作る機会があまりありません。自分と一緒で、ものづくりがしたくてウズウズしているのではないかと思い、思い切って声をかけました」

本業“プラス”20パーセントの力で開発にあたる

2014年1月から、業務外の時間を利用して「SkyDrive」の開発はスタートした。

当時、中村さんは入社4年目。「10年で1人前」と言われる自動車の技術者の世界ではまだ若手で、上司に怒られながら仕事をする立場だった。そのためCARTIVATORの活動も上司には言わず、ごく限られた同僚にしか話していなかった。

業務外で精力的にCARTIVATORの活動をする一方で、本業をおろそかにすることは決してなかったという。

「本業の仕事には100パーセント集中して取り組み、プラス20パーセントの時間や労力を使って、CARTIVATORの活動をする、という感じでした。本業がダメだとCARTIVATORの活動すらままならなくなると思ったので、本業もしっかりやろうと常に意識していました」

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    (写真:CARTIVATOR提供)

本業を続けながらコンテストで優秀賞を受賞

中村さんの活動が社内で公になったのは、2014年11月に開催された、若き起業家を輩出するコンテスト、「TOKYO STARTUP GATEWAY」で優秀賞を受賞したのがきっかけだった。

「受賞を知った上司が社内の上層部に報告してくれて、結果として部長表彰を受けました。まだ技術者としては未熟でしたが、本業以外の自分の違う側面を認めてもらえたような気がしました。その後、社内の5つの関連部署に、CARTIVATORの活動を紹介する機会がありました。それまでは密かに活動していたため、社内の人に言えない苦しみがあったのですが、活動を知ってもらったことで気持ちが楽になりましたし、上司や同僚が応援してくれたことは素直に嬉しかったです」

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「わくわくすることをしたい」がモチベーション

当初、本業先での提案が通らず、本業外の時間で行っていた活動だったが、社内からも評価を得た。

現在、CARTIVATORは愛知県と東京都の2つに拠点を置き、約100名のメンバーが所属している。有志団体のため報酬は出ないが、やりたい人や興味がある人は誰でも受け入れるというスタンスだ。同業他社のエンジニアや航空会社のエンジニア、異なる業種や職種の人など、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーが集まり、チームを組んでいるのは、本業外の活動ならではである。大勢の人をプロジェクトに巻き込んでいくために、心がけていることはあるのだろうか。

「『モビリティを通じて次世代の人たちに夢を提供する』というミッションや、将来どこを目指していて、どういうスパンで進めていくのか、ということがイメージしやすいように説明することを心がけています。ホームページやクラウドファンディングなどを通じて、CARTIVATORの活動を知った人が少しずつ参加してくれるようになりました。『わくわくすることをやりたい』というのが、メンバーに共通する一番のモチベーションです」

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(写真:CARTIVATOR提供)

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幼少期から抱いていた夢を真っすぐに持ち続け、それを叶えた中村さん。それだけでも充分素晴らしいが、「本当にやりたいことをするにはどうすればいいのか」を常に考え、理想への熱意やこだわりを強く持ち、本業にも2枚目の名刺の活動にも全力投球しながら行動し続けたことが、日本初となる「空飛ぶクルマ」の開発や、良い仲間との出会いにつながったのだろう。

後編では、中村さんが夢を追い続ける原動力や活動をする上での苦労、次世代に思い描く社会などを中心にお話を聞く。

>後編につづく(後編は11月21日に公開予定です)