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平日、午後6時。
オフィスの窓の外に目を向けると、空の色が変わり始め、街もにわかに賑わい始める時間です。
そんなとき、PCの画面を前にオフィスの固い椅子に座っていると、ふと考えてしまいませんか?
「私、何のために働いてるんだろう……」

「何のために働くのか」。ごく控えめに言って、日本の全就労人口のうち99.8%が一度は考えたことのある疑問だと思います。今回はこのシンプルでいて究極な疑問を、いわばカウンセリングのプロである、お坊さんにぶつけてみました。

今回お話を聞いたのは、山口県のお寺でお坊さんをされている大來尚順(おおぎなおゆき)さん。お坊さんとしてのお仕事だけでなく、翻訳や通訳、本の執筆、講演など多方面で活躍されている、“お坊さん界のパラレルワーカー”です。

最近だと、お坊さんが集まるバラエティ番組への出演でご存じの方もいらっしゃるのでは。ちなみに「イケメン僧侶」で画像検索すると出てくる方でもあります。

お坊さん登場……のはずが

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「こんばんは、初めまして」。弊社のオフィスに現れた大來さんは、スーツがお似合いのごく普通のサラリーマンでした。
あれ?と思っていると……

大來:今日は仕事帰りでしたので。着替えて参りますね。

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社内が一瞬どよめきました。わざわざ着替えてくださった大來さん、いい人……。

まずは、気になることを聞いてみた


――まずは、自己紹介をお願いいたします。

大來:大來尚順(おおぎなおゆき)と申します。これは俗名ですので、お坊さんとしての名前は、音読みで「尚順(しょうじゅん)」です。山口県にあるお寺、浄土真宗本願寺派 超勝寺(ちょうしょうじ)の僧侶をつとめております。

――あの……。どうしても気になったので聞いちゃうんですけど、髪、剃ってらっしゃらないんですね?

大來:はい(笑)。浄土真宗は、髪を剃らなくてもいい宗派なんですよ。
よくお坊さんになることを「出家」って言うと思うのですが、これは世間から離れて修行することです。浄土真宗は「在家(ざいけ)」の宗教と言われています。世間から離れるのではなく、一般の暮らしの中で仏様の教えと共に生きてゆく、という。

なので、お坊さんになるときも出家ではなく「得度(とくど)」と言います。髪もそのとき一度は剃るんですが、それ以降は自由です。

――知らなかった…。他にも何か、宗派特有のことってありますか?

大來:うーん……あ、浄土真宗は占いや迷信を一切信じませんね。


――そうなんですか!?

大來:はい。今日は運がいい日だから行動しましょうとか、運が悪い日だから家にいましょうなんてこと、人に決められることじゃない。
そもそも、すべての事象に絶対的な善悪というものは存在しません。自分にとって都合がいいか、悪いかというだけです。運をよくするのも悪くするのも、その自分しだいという風に浄土真宗では考えます。

平日は東京で働き、週末は山口でお坊さんに

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――なるほど……。すみません、遮ってしまいましたが、自己紹介の続きをお願いします。

大來:いえいえ(笑)。いまは仕事の都合で、東京と実家のある山口県を行ったり来たりして暮らしています。東京では、お坊さんとしての仕事をしながらも、一般の財団に勤務しています。それに加え、お寺の事業のひとつとして、翻訳や通訳、執筆や講演といったこともさせていただいています。


――ということは、三足のわらじを履いてらっしゃるんですね。

大來:そうですね。財団では国際関係を担当させていただいているので、平日は東京でそういった業務を行っています。海外との連絡の窓口ですとか、お客さんがいらしたときの通訳ですとか。

翻訳や執筆といった仕事は、だいたい財団での業務が終わったあとにしていますね。週末は山口県に帰って、お坊さんとして法事やお葬式、お寺に来られた方のお話を聞いたりもしています。

――となると、お休みの日はほぼない?

大來:あんまりないですね。父である住職がまだ元気なので、お寺のことは任せています。ただ、2年後に私がお寺を継ぐと決まっているので、そうなれば東京にいる時間は今より減るでしょうね。私自身、お寺を大事にしたいので、早く帰りたいという気持ちもあります。

……ただ、正直な話をすると、お寺っていま、お寺の収入だけでは生活していけないんですよ。

――えっ!?

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(↑ご実家である超勝寺)

大來:お寺って、全国に全部で約7万5千ヵ寺あるんです。コンビニよりもずっと多い。この7万5千のうち、お寺だけで経営が成り立っているのはわずか3分の1と言われています。

お寺というのは、門徒(檀家)さんの寄付によって成り立っています。私の地元・山口県の徳知という町のように、過疎化が進んでいる地域は人が少ないですから、当然、門徒さんも少ない。ですから、兼業しないと生活していけないんです。

私の家では、父の代から兼業しています。父は山口県の県庁に勤めながらお寺を守っていました。私はせっかく別の仕事をするなら仏教に根差したことをしたいなと思って、試行錯誤しながらですが、いまの仕事をしています。

――驚きました。お坊さんっててっきりすごいお金持ちなのかと……。
ところで、大來さんは、いつお坊さんになられたんですか?実家がお寺だと、もう、エスカレーター式にお坊さんなんでしょうか。

大來:そうですね、そうでした(笑)。
私は末っ子長男だったので、もう、自動的に。中高6年間、勉強も部活も色々させてもらったんですが、進む大学の選択肢としては龍谷大学(※浄土真宗の宗門校と言われている大学)一択だったという感じです。

ただ、葛藤はまったくなかったと言えば嘘になります。私、小さい頃から異文化にすごく興味があって、ずっと留学したかったんですよ。ただ、両親に「留学はまだ早い」「とりあえず大学は龍谷大学に行ってくれ」と言われ続けて。
龍谷大学さえ出れば自由にしていい、と言われたので、まずは大学に進んで、在学中に英語を学び、留学しました。

―どうして、そんなに留学に憧れていたんですか?

大來:私、歳の離れた姉が2人いるんですが、姉たちの影響で幼い頃から「ビバリーヒルズ高校白書」を見てたんですよね。

――ビバヒルを!?

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(※イメージ)

大來:見てました(笑)。アメリカに行けばあんな生活が待ってるのかな、と思って。


――お坊さんって、テレビご覧になるんですね…!

大來:最近はあんまり見ませんが、たまに見ますよ。24とか見ます

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(※イメージ)

大來:そんな海外文化への憧れもありましたが、外から客観的に日本という国を見てみたかった、というのが留学したかった一番の理由です。幼い頃から仏教をとても大事にしてきたので、仏教の素晴らしさを世界の人に伝えたかったというのもありますね。

それで、カリフォルニア州バークレーにある大学の大学院に進み、仏教学の研究をしていました。

宗派を超えたお坊さんが集まる、「寺子屋ブッダ」


――そこから、どうして今のような働き方をされるように…?

大來:大学院にいるときは、仏教学の研究者になるか、現地にもお寺はあるので、そのままアメリカでお坊さんをしようと思っていたんです。

ところがその頃、下宿先の1階に偶然にも、いま私が勤務している財団のアメリカ部署があって。「仕事の手伝いをしてくれたら、家賃をタダにしてあげる」と言われたんです(笑)。幸い、大学院でアルバイトなんかをしているうちに翻訳の力は身についていたので、お手伝いさせてもらうことになりました。
それでそのうち、財団から「日本に来ないか」と声をかけてもらい、就職した形です。

寺子屋ブッダ

(↑「寺子屋ブッダ」サイト)

2012年からは、「寺子屋ブッダ」という団体に参画し、その活動も行っています。寺子屋ブッダでは、宗派の垣根を超えたお坊さんが集まって、一般の方にもっとお寺を身近に感じてもらおう、お寺に触れる機会づくりをしてもらおうという取り組みをしています。

働いている方がふらっとお寺に立ち寄れるように、平日夜にヨガをやったり座禅をしたり。
私はその中で「かんたん英語で学ぶブッダの教え」という講演をさせていただいてるんですが、それがご縁で出版社の方から「本を出しませんか」と声をかけていただいて。そこから、今のように翻訳や執筆をさせていただくようになりました。

はたらく

(↑大來さんの著書「端楽(はたらく)」)

――純粋な疑問なんですけど、大來さん、どうしてそんなに働くんですか?

大來:(笑)。私は小さい頃からずっと、「自分はこの世界や社会に対して何ができるんだろう?」と考えてたんですよね。
というのも、私たちのような寺の息子って、「ご仏飯」を食べて育ってるんですよ。ご仏飯とは、仏様にお供えするご飯です。門徒さんが農家の方だと、お布施としてお米を持ってきてくださる。だから私たちは幼い頃に、「いただいたご仏飯を返せるように生きなさい」と教えられます。

お坊さんとしての仕事、財団での仕事、寺子屋ブッダでの活動……それらすべてやるようになって、ようやく「何ができるんだろう?」という思いが晴れてきたような気がしてますね。

働くことは、「端を楽にする」こと

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――そろそろお聞きしたいんですが、大來さん、人って何のために働いてるんだと思いますか?

大來:働くというのは、私の考えでは……ダジャレみたいになっちゃうんですが、「端(はた)を楽にする」、つまり周りの人をラク(幸せ)にすることかな、と。要は、いま自分が元気で働かせてもらっている環境や周りの人への、恩返しのために働くんだと思うんです。

――なるほど……。ただ正直、苦手な同僚とか上司に対して、なかなか「恩返し」って思えないですよね。

大來:ソリの合わない人というのはいますよね(笑)。それはもう、どうしてもいます。ただ、絶対に人は変わりません。変われるのは自分だけです。そういう人を反面教師にして、自分が成長するしかない。

ひとつだけ注意することは、自分と合わない人の考え方はいくら否定してもいいけれど、その人の生き方や存在そのものを否定してはいけないということです。

仏教用語に「和顔愛語(わげんあいご)」という言葉があります。柔らかい微笑みと優しい言葉という意味なのですが、自分が先に折れてそういう風に接すれば、多くの場合、意外と相手も同じ態度を返してくれますよ。

――では、大來さんご自身がまさにそうですが、「2枚の名刺を持つ」という生き方についてはどう思いますか。

大來:私もですし、私の周りのお坊さんにもそういった働き方をされている人は多いです。皆さん共通しているのは、「自分がこうしたい」「こうなりたい」というモチベーションが強力だということ。

私自身、何足ものわらじを履いていてよかったと思うのは、本職を客観的に見られるようになったことですね。特に僧侶とサラリーマンをして、働く方に仏教の教えの何をどのように伝えればよいのか身をもって学んでいます。やっぱり、ずっとひとつの場所にしかいないと視野は狭くなってくる。崇高なことを言っているけれど自分は仏法から遠い、みたいなお坊さんも私自身を含めたまにいますから、そうあってはならないなと(笑)。

――では最後に、これから「2枚目の名刺」を持ちたいと考えている人や、そのきっかけがほしい人にメッセージをお願いします。

大來:新しいことを始めるのはとても勇気のいることだと思いますが、最初のモチベーションさえ忘れなければ、うまくいくはずです。
もちろん、その目的が、人を傷つけるものであったり、道義に反していなければですが。働きたい、というモチベーションが自分の成長や社会貢献のためであれば、絶対に悪いようにはならない。これは私が約束します(笑)。

「自由」という言葉がありますよね?あれはもともと、仏教用語なんです。好きなように何でもしていい、という意味ではなく、「自分に由(よ)る」、つまりどんな行為も「自分自身の責任」という自分を律する意味なんですよ。

働き方というのは、まさにこの「自由」だと私は思います。どんなことをしてもよい、ただしその責任はすべて自分にある。これから新しいことを始める方には、その覚悟を背負ったうえで、ご自身の「働く」の幅をどんどん広げていってほしいなと思います。