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1964年に東京で行われたパラリンピックから、五輪競技の一つにもなっている「パラ・パワーリフティング」(1964年当時は「ウエイトリフティング」)。下肢障がいを持つ選手が仰向けに横たわった状態でバーベルを持ち上げる競技で、上半身を鍛えるウエイトトレーニングの一種であるベンチプレスを想像するとわかりやすい。世界では300kg以上のバーベルを持ち上げる選手もおり、ほぼ同等条件の健常者の記録をも超えているという。

この夏のリオオリンピックに、パラ・パワーリフティング49kg級で出場し、5位入賞を果たした三浦浩(みうらひろし)さん。彼もまたアスリートとして日々トレーニングを重ねる一方で、株式会社東京ビッグサイトに勤務する「2枚目の名刺」を持つ社会人である。

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アスリートとして挑戦し続けるための転職

1964年、奇しくも東京オリンピック・パラリンピックが行われた年に生まれた三浦さんは、現在52歳。長渕剛らのライブスタッフとして働いていた2002年に、他ツアーの仕事中の事故で脊髄を損傷。その2年後に、アテネパラリンピックでパラ・パワーリフティングを知り、競技者としてパラリンピックへの出場を目指すことになる。

トレーニングに時間を割ける環境を求めて転職した外資系証券会社を経て、今年6月に株式会社東京ビッグサイトの社員に。日本オリンピック委員会(JOC)によるアスリートと企業をマッチングするサービス「アスナビ」を利用しての会社との出合いだった。リオパラリンピックを2週間後に控えた8月末に、急遽繰り上げ出場が決まると、入社直後にも関わらず、7名もの同僚がブラジルまで応援に駆けつけた。

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柔軟な働き方をする分、自分のスケジュールを公開する

「東京ビッグサイトでは総務部に所属しており、基本的には月曜日と火曜日の週2日、9時から15時まで勤務しています。“毎日トレーニングをしながら、オーバーワークにならないように働くこと”が、アスナビを使って転職するにあたり考えていた条件の一つでした」

出社している時間以外は、トレーニングや講演などアスリートとしての活動に充てている三浦さんにとって、デスクワークが身体を休めることにもなるのだという。

「ただ、スケジュールに関しては、かなりフレキシブルに対応してもらっています。試合が近くなればトレーニングの時間を増やす分、勤務時間を減らすこともありますし、夕方から会議がある日には13時から19時に出社時間を変更することもあります」

状況に合わせた柔軟な働き方で、トレーニングと仕事を両立している三浦さんは、自分のスケジュールをネット上で管理し、変更があればその都度更新。そのスケジュールをいつでも他の社員が見られるように公開している。

「入社当時にはなかったシステムですが、入社後にお願いして作ってもらいました。きっと、“出社してない水曜から金曜まで本当にトレーニングしてるのかな?”と考える社員の方もいますよね。だったら、誰もがスケジュールを見られるようにしておけばいいと考えたんです」

公開されているスケジュールには、“○時~○時まで横浜のジムでトレーニング”、“○時~○時まで××病院でメンテナンス”など、自身のすべての予定を書き入れているという。

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2枚の名刺とも“生涯現役”を目指し、結果や成果にこだわる

アスリートの中には、オフィスでの勤務はほとんどせず、トレーニングに専念できる雇用の形を選ぶ人もいる。そんな中で、三浦さんはなぜ“働くこと”を条件にしたのだろうか。

「僕は、アスリートであると同時に、会社の役に立つ人間でありたいと思っています。オフィスでは福利厚生に関わる業務、また試合に出場することや練習も業務とさせて頂いていますので、“結果を出す”ことにこだわっていきたい。そのためには、会社との信頼関係も大切ですし、1年目よりも2年目、2年目よりも3年目、と年を重ねるごとにより高い成果を出していかなければなりません。定年を迎えても、会社に残って欲しいと言われるような人間でありたいんです」

そんな三浦さんには、入社前に「50歳を越えてもトップアスリートでいられるのか?」と社長に聞かれ、「筋肉は鍛えることで成長し続けるから、生涯現役でいられるのだ」と答えたというエピソードがある。

「健常者の世界大会に行くと、自分よりももっと年上の方が活躍されていて、52歳はまだまだ子どもだと感じます(笑)。ほかの競技と違い、トレーニングを続けていけば、年齢に関わらず現役でいられるのがパワーリフティングの魅力の一つ。自分が生涯現役でいることを、その証にしたいんです」

健常者のウエイトリフティングの選手には、80歳で現役の方がいるという。加齢による身体の変化は感じるが、ケアを徹底しながら日々のトレーニングに精を出している。

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不可能を可能に変える方法を、長渕剛さんから直接教わった

三浦さんに話を聞いていると、“無理”だとか“不可能”だといった要素が伺えず、アスリートとしても、会社員としても自身の目標に向かって突き進むパワーを感じる。

それはライブスタッフの仕事をしていた頃に、21年間クルーとして関わっていた長渕剛さんの影響もあるという。

「長渕さんの現場では、“できない”という言葉を口にしないんです。“できない”と思うことがあれば、代わりに何ができるのかを考えて、自分はどれが一番良いと思うのかをまず提示する。代替案を“それはダメだ”、“じゃあこれは?”とやりとりしていく中で、“できない”と思っていたことが“できる”に変わっていきます」

トップアスリートと会社員という2枚の名刺を両立することは容易なことではない。しかし、この“長渕マインド”が染みついていたことで、両立できる環境を自ら作り出すことができた。

「柔軟に動ける体制が整っていることは、非常にありがたいことだと思います。アスリートを雇用するという前例がない中で、会社と話し合いを重ねながら、無理なく両立できる方法を探っていっています」

同僚からの信用を得るために、イントラネット上でスケジュールを管理し、共有したいと申し出たのは三浦さん自身だ。両立“できる”方法で、会社にとっても自分にとってもベストな働き方を導き出そうとしている。

「トレーニング中心の生活ではなく、“生活の中にトレーニングを取り入れる”ことで精神力の強化をしていいます。忙しい中でも予定をコントロールする気持ちが大事なんです。例えば家族から頼まれごとをするなど、何かイレギュラーなことが起きても、ほかの予定を変更したり、ズラせば良いだけなので、全く動じることはありません」

こうして手にした「パラリンピック入賞」を長渕さんに報告した時に、「お前、すげぇな」と初めて認めてもらえたのだと嬉しそうに語ってくれた。

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2020年にメディアセンターが機能するために、障がい者目線で気づきを提言

来る2020年の東京オリンピック・パラリンピックで「メディアセンター」になる東京ビッグサイトの課題を、選手や障がい者としての目線で洗い出し、提言することも、三浦さんの仕事の一つだ。

「“ここに段差があると通れない”など、健常者では気がつかないこともありますよね。そういった部分を見つけ出して伝えるのは、僕だからこそできること。入社面談の時にも、資料を作り、人事や社長に向けてプレゼンしたんですよ。“障がい”もいくつかのタイプに分類できるし、障がいのある人をサポートする補助犬も3種類いる。どんな種類があるかご存知ですか?」

正解は、目が不自由な人を助ける「盲導犬」、手足が不自由な人を助ける「介助犬」、耳が不自由な人を助ける「聴導犬」の3種類。入社面談で実際に使った資料を見せながら説明してくれた三浦さん。図表や写真、動画を交えたわかりやすい説明に聞き入ってしまうと同時に、障がいについての知識が足りないことを反省する。

「車いすの人を持ち上げて階段を上り下りする時は、上るときも下る時も、車いすに乗っている人の顔が階段の上を向くようにするんです。このことを知っているのと知らないのでは、実際に車いすの人に出会った時の対応が全く違いますよね。ユニバーサールマーク(身体障がいがある人や聴覚障がいある人が自動車を運転していることを知らせるマークなど)の意味を知ることもそうですし、障がい者のサポートについてより多くの人に知ってもらうことが、2020年の東京パラリンピックに向けて重要だと思います。ボランティアなど、実際のサポートを考えている人にも、まずはそういった知識を得てもらえれば……」

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指導員としての資格を持ち、若手の育成にも取り組む

知識や経験を人に伝え、広めていくことにも、意義を感じているという三浦さんには、パラ・パワーリフティングの若手選手にトレーニング指導を行ったり、肢体が不自由な方たちに運動を教えたりといった「3枚目の名刺」とも言える活動もある。

「人に教えることで“こうすれば良いのか”と初めて気づくこともあり、自分のためにもなっています。教えるからにはしっかりと責任を持とうと、障がい者スポーツ指導員や日体協のパワーリフティング指導員といった資格を取得しました。今も介護予防サポーターの資格をとるための勉強中なんです」

資格取得のための講座を受けるのに、出勤のスケジュールを調整する必要も生じるが、会社側も資格を取って活動することに前向きな姿勢を示してくれているという。

「“東京ビッグサイトの三浦浩”として、競技をしたり、指導をしたり、講演をしたりしているので、会社のためにも記録を出したり、社会に役立つ取り組みをしていきたいんです。リオの時もそうでしたが、12月3日の全日本パラ・パワーリフティング選手権大会にも会社の人たちが応援に来ていただけるようで、大きな力になります」

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小さな目標を達成していくことで、いつか大きな夢に届く

「生涯現役」「“できない”を“できる”に変える」といった言葉からは、常に自分を煽って高い目標に向かい、ここまで登りつめてきた人をイメージするが、実際はとても堅実に歩んできた人でもある。

「“自分を過信しない”というのも、僕が大切にしていること。夢と目標は全く違います。遠くにあっていつか辿りつきたいと願っているものが夢。今の自分が頑張れば到達できそうなことが目標です」

夢に届くためにはどうすれば良いのかを考え、そこに至るまでの過程を細分化して目標を設定する。その目標を達成したら、また次の目標を立てる。その積み重ねで、夢をつかんできたのだという。

「自分を過信して、夢を目標にしてしまうと、いつまでたっても到達できないので、心が折れてしまいます。少しずつ目の前にある目標をクリアしていった先に、夢の実現がありました」

リオパラリンピックへの出場が決まった時も、今できることをやり切ることに注力した。パラリンピック入賞という目標を達成した三浦さんが次に掲げる目標は、“東京パラリンピックでメダルを穫ること”だ。

「パラ・パワーリフティングパラリンピック大会では、メダルに届いた日本人選手はまだいません。次に続く選手のためにも、実績を作らないと。忙しさの中で色んなことをコントロールしながら、生涯現役を目指し、挑戦を続けていきます」

2020年、さらにグレードアップした三浦さんの活躍をパラリンピックの舞台で見られることを楽しみに、会場となる東京が、障がいを持つ人にやさしい都市になるよう、まずはサポートに関する知識を身につけていきたい。

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写真:hiroko

文:古川はる香

聞き手:はしもとゆふこ(二名目の名刺)

 

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\三浦選手を応援に行こう!/

2016年12月3日(土)

第17回 全日本パラ・パワーリフティング選手権大会

会場:日本体育大学 東京・世田谷キャンパス

詳しくはこちら

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二枚目の名刺 編集部

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