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孤児や貧困地域の子どもにプロのカット体験をー美容師のプロボノ「ハサミノチカラ」発足前夜

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フィリピンの孤児院や貧困地域に行き、子供達の髪をカットしたり、美容師としての技術を教えたりしている美容師のプロボノ活動「ハサミノチカラ」。

ハサミノチカラとは

フィリピンの子どもたちを支援するNPO法人アクションが主催する子どもたちへの職業訓練・能力向上プロジェクトの一つ。フィリピンではスキルさえあれば、資格なく美容師という職業を得ることができるため、日本のヘアカット技術を習得し、プロの美容師になるためのプログラムを実施している。

また、この活動に賛同した日本の美容師による孤児院や貧困地域でのボランティアカットツアーを行っている。

なぜ美容師はフィリピンでプロボノ活動をするのか?ハサミノチカラプロジェクト同行レポ

発足から今年で7年目を迎え、どうやらまた新たな動きが始まるらしい。7年経った今でもその進化を止めない「ハサミノチカラ」はどのようにして生まれたのか。その活動の原動力は何なのか。そして、ハサミノチカラが向かう先には何があるのか。

今回は、ハサミノチカラのスターティングメンバーである北原義紀さん(SORA/SALON”アンド“代表)に、ハサミノチカラ発足の理由や今までの経緯、今後の活動についてお話を伺った。

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2017年11月。ハサミノチカラツアーでフィリピンの子どもの髪をカットする北原さん

疑問から始まった社会貢献

ーーーまず、北原さんがハサミノチカラのような社会貢献活動をしようと思ったきっかけから教えていただけますか。

北原:きっかけは本当にひょんなことからでした。僕の顧客にNPO法人アクション代表の横田宗さんを紹介していただいたんです。横田さんからフィリピンでのお話を色々とお聞きするうちに、「僕にも何かできることはありますか?」という言葉が自然と出てました。

ーーー横田さんからは、具体的にどんなお話を聞いたんですか?

北原:実は僕、ボランティア活動をする人たちの気持ちがよく分かっていなかったんですが、横田さんも最初は僕と同じだったそうなんです。「何でやっているのか知りたいからやってみた」と。例えば身体に障がいを持っている人が、バリアフリーも整っていないような場所にわざわざ行ったりする。それって何でなんだろう?って、疑問を抱いていた。それで自分で施設に行って、実際に触れ合って話を聞いてみた。そうしたことを繰り返しているうちに、いつの間にか「困ってる人たちを助けたい」という思いに変わっていったそうなんです。それで自分でもボランティア活動を初めて、NPOまで立ち上げて、気づいたら何十年も活動していたのだと。

そんな横田さんのお話をお聞きして、自分の人生をかけて人のために打ち込む気持ちってどんなものなんだろう?僕も知りたい!と思って「僕にできることはありますか?」と聞いていました。

横田さんからの返事は「日本の美容師さんにフィリピンの子ども達の髪を切ってほしい。フィリピンの貧困地域の子ども達は、プロフェッショナルな人に髪を切ってもらったことがないから」というもので、“初めて”の経験ってきっとすごく感動するんだろうな、子ども達だけじゃなくて、僕自身もきっと感動するだろうなと思いました。それで、「僕、フィリピン行きたいです」と言ったのが、ハサミノチカラの始まりです。

ーーー北原さんがボランティア活動をするきっかけは横田さんとの出会いだったんですね。それまではボランティアというものに興味はなかったんですか?

北原:全然!凄いことをやってる人たちがいるなぁと思って讃えることはあっても、自分がそこに参加するっていうのはあまりイメージできなかったし、目の前のことをやるので精一杯でした。でも、横田さんにお会いする一ヶ月前くらいに父親を亡くしていたので、心にぽっかり穴が空いてたというのもあったんだと思います。

日本のボランティアに対する見方ってポジティブなものじゃないですよね。人のために良いことをやっているんですよと前に出て言うとなんとなく否定されやすい。日本人は奥ゆかしさというのを大切にするからかもしれないですけど。

僕自身も、ボランティアをしている人たちに対して共感もあったけど、疑問もあったんだと思います。なんでそこまでやるんだろうと。それを実際に自分の目で見てみたかった。その上で自分に何ができるのかを知るために、ハサミノチカラの活動を始めることが、自分自身にとって第二のステップだと思いました。

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ルーティンな日常を打破するきっかけを求めて

ーーー横田さんと知り合われて何ヶ月後にフィリピンへ行くことになったんですか?

北原:2010年の10月に知り合っていて、翌年の4月に行くことが決まったので、ちょうど半年後くらいですね。

その当時、僕らの世代は経営者になってる人も多かったので、サロンの経営に関する悩みを抱えていたり、美容師としても行き詰まっていたり、色々考えさせられる時期にきていて。みんなルーティンの日々に何かしらちょっと刺激というか変化が欲しかった時だと思います。それで知り合いの美容師達に声をかけたら、あっという間に20人近いメンバーが「自分も行きたい!」と集まった。彼らも、きっとフィリピンに行けば何か大きな変化が起こるかもしれないと思ったんじゃないでしょうか。

ーーー仕事に対して何かくすぶりみたいなものをみなさんお持ちだったんですか?

北原:そうですね。それぞれ常に課題を持って仕事している年齢だと思うんですよ、40代くらいって。30代は勢いでやってこれたけど、40代になってこれからどうして行くのか。経営者として人を雇うことだったり、自分の美容師としてのキャリアだったり、いろんなところで壁にぶち当たる時期なんです。そういう意味では、みんな何かしら変化するきっかけが欲しいと思っていたタイミングなんだと思います。

ーーーそんな知り合いの美容師さん達にハサミノチカラのことを話した時、みなさんの反応はどうでしたか?

北原:とても興味を持ってくれました。やっぱりプロの美容師に髪を切ってもらったことがないということが衝撃だったみたいで。ヘアカラーもして、カットもして、ヘアデザインがファッションになっているのって、日本を含めた先進国くらいなんじゃないでしょうか。途上国に行ったら、伸びた髪を切るだけでファッションではない。髪にお金をかけるということができないんです。そう考えると、僕たちがいかに恵まれているかということは美容師仲間と話しましたね。

ーーー出発の一ヶ月前に東日本大震災が起きましたよね。自分の国で未曾有の震災が起きてしまった。それでもフィリピン行きを決行されたのはなぜですか?当初のメンバーの中にはフィリピンに行けなくなったという人もいたのではないですか?

北原:僕も最初は日本がこんな状態の時にフィリピンに行けないと思いました。自分や家族のことで精一杯で、正直それどころじゃない。フィリピン行きを断念したメンバーがいて当然だし、横田さんには今回は行けないということを伝えようと思いました。

でも、それを伝える前に横田さんから連絡が来て、フィリピンの人達がなけなしのお金を集めて日本に寄付してくれているということを知りました。孤児院の子ども達や貧困地域の人達がです。それを聞いて、自分がフィリピンに行って彼らにお礼を言わなければならない、やっぱり予定通りフィリピンに向かわなければと思いました。最終的には、スタイリスト4人とアシスタントの5人でフィリピンに向かいました。

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“ハサミの力”を再確認できる体験

ーーー実際にフィリピンの子ども達の髪をカットしてみて何か感じることはありましたか?

北原:初回は盲ろう学校と孤児院の子ども達の髪を切りました。彼らは美容師に髪を切ってもらうという経験が初めてだったようで、とても喜んでくれました。ただ切ってもらえればいいというわけじゃなくて、こうなりたいとか、もっと可愛くなりたいとか、こんな風にして欲しいとか要望があって、そういう気持ちは万国共通なんだなと感じました。僕らは与えるつもりで行ったのに、子ども達の髪を切ることによって逆に与えられたものがすごく多かったなと思います。

ーーーどんなものを与えてもらったなと思いますか?

北原:髪を切れば切るほど自分も元気になっていくって、ビジネスとはちょっと違う感覚です。普段僕たちがサロンでお客様からお金をいただいて美しくして、「ありがとう」って言ってもらえるというその形はすごく綺麗なんですけど、ひたすら切って汗をかいて、本当に真っ白な気持ちでカットするという経験は「髪を切るってこういうことだったんだな」と、初心に戻るじゃないですけど、心が浄化されたというか、そんな気持ちになれました。

普段の美容師としての仕事も、お客様にたくさん支持していただいて、必要とされているということがやりがいになります。それと同じく、海外に行っても僕たちが髪を切ることで人の役に立てるんだと、それを知れただけでも凄く大きな経験になりました。

ーーー私(カットツアーに同行したライター)も今回ハサミノチカラに同行して、カットする前と後で美容師のみなさんの顔が違うなって思いました。すごく素敵な顔だなと。

北原:充実感がありますよね。美容師やってきてよかったなという。本当は毎日そうあるべきなんでしょうけど、ルーティンで生活しているとそれが当たり前になってしまうから。ひたすら髪を切って、汗かいて、みんなが笑顔になるっていうのは正直日々のサロンワークの中ではなかなかないですよね。結構シビアな中で働いてますからね。
ーーー日本でずっと仕事していたら経験できないことかもしれませんね。

後編に続く(後編は1月18日公開予定です)

後編では、北原さんの気持ちの変遷やハサミノチカラの新たな取り組みを紹介します。

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ライター

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カメラマン

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遠藤真耶
ライター
美容業界誌2誌の編集長を務めた後、2017年3月よりフリーランスの編集者として独立。撮影のキャスティング業も並行して行なっている。