これからのビジネス環境では「越境学習」の“質”が問われる
本シリーズでは、人材育成の現場でキーワードとなりつつある「越境学習」とは何か、これまでの社員研修とは何が違うのかを語れるようになるために、押さえておきたい「越境学習」の基本を全5回でお届けします。

『越境学習を科学する』は越境学習の基本を知るシリーズ!
#0:【大企業病に効く!】組織の枠を超える人材育成の形「越境学習」を知るための基本文献・8選
#1:人事担当者が知っておきたい「越境学習」の主要論点
#2:「越境学習」で開発される人材能力とは?
#3:「越境学習」を通じた能力開発2つのパターン
#4:「越境学習」の効果は企業文化によってどう変わるのか
最終回:「越境学習」を企業価値につなげるための3つの展望

前回の記事、「越境学習」の効果は企業文化によってどう変わるのかでは、二枚目の名刺「NPOサポートプロジェクト」の事例から、越境学習の人材開発効果に企業ごとのちがいがあるのか、定量的なアプローチからお伝えしてきました。

最終回となる今回は、これまでの調査から明らかになったポイントをふまえ、今後、越境学習をより価値あるものにするためのポイントを示すことで、全体の統括をしたいと思います。

1)誰でもとにかく「越境すればイイ」のか? ー越境学習にマッチした人材の見極め

本連載でもご紹介した通り、「越境学習」を通じてビジネスパーソンは様々な人材能力を開発でき、さらにそれが、次世代リーダーの育成に適していることが、調査を通じて少しずつ明らかになってきました。※詳細は第2回記事(「越境学習」で開発される人材能力とは?)を参照。

このような越境学習をより価値ある形で実践するためのポイントとして、今後、企業組織は「どんな人が越境学習に参加するか」を慎重に考える必要があるといえます。

第1回記事(人事担当者が知っておきたい「越境学習」の主要論点)で紹介した通り、社外活動をするビジネスパーソンの中には、組織からの“逃げ”として実施する層(いわゆる「ラーニングロマンチスト」)が一定数存在します。これは、ともすれば、越境学習というスタイルが、組織からの“逃げ”の活動として捉えられてしまう危険性があることを意味します。

筆者としては、企業で越境学習を実践する際には、組織の方針として越境学習に適した人材を見極め、明確な目的をもって取り組める工夫が必要と考えます。例えば、二枚目の名刺「NPOサポートプロジェクト」では、立候補制で主体的な参加者を募っています。そこから面談等を通じて候補者をスクリーニングし、越境学習の参加者を選定するという工夫を行っています。(図表1)

リクルートキャリア社×二枚目の名刺の協働調査(副業を含む社外活動がキャリア意識に与える影響)でも、「社外活動の適切な目的」と「本業における主体性」がなければ、いくら社外活動をしたところで本人の自信は向上しないことが分かっています。今後、越境学習という学習スタイルが、「新しい人材開発の手法」として定着するのか、それとも「組織から“逃げ”るための言い訳」と捉えられるか。今後の越境学習の価値が問われていく中では、「どんな人が越境学習をするのか」が重要なポイントとなるのではないでしょうか。

2)越境先で何を実践するのか? ー越境して「学習した気」になる罠の危険性

越境学習の価値を実現するには、上述の「誰が越境をするのか」と合わせて、「越境した先で、具体的に何をやるのか」も重要なポイントになると考えられます。

越境学習を通じた人材開発には、「実践共同体」(組織を越えて越境人材が知識を交換し合うコミュニティ)が重要であることは第1回記事でご紹介しました。しかし、注意が必要なのは、「そのコミュニティの中で、具体的に何をすれば、学習につながるのか」については、未だ明確になっていないということです。つまり、社外のコミュニティに参加したとしても、そこに適切な実践が無ければ、価値ある学習は実現できないのです。

これは、ともすれば “越境学習”や“実践共同体”という言葉のもと、単なる社外交流やネットワーキングがなされ、その参加者が「社外とつながって何か“学習した”気になってしまう」という危険性があることを意味します。

筆者としては、越境学習を通じて人材の成長を実現するには、単に組織を越えて交流するだけでなく、一定の期限とゴールを設定し、それに向かって多様なメンバーが知恵を絞り合い、具体的にアクションを積み重ねる過程こそが大事だと感じています。

二枚目の名刺「NPOサポートプロジェクト」の事例では、社会人の学習の源は、約3カ月という限られた期間の中で、メンバーやパートナーNPOとの葛藤を経験しながら、アクションを通じて共通認識と信頼を積み重ねるプロセスにこそ学習の源があることが分かっています。(図表2) ※詳細は第2回記事を参照

“組織の外に出ること”自体を目的にするのでなく、越境先でどんなプロセスを通じて何を実践するか。それこそが、単なる「ネットワーキング/社外交流」と、質実のある「越境学習」を区別する重要なポイントではないでしょうか。

3)越境学習の“その後”という論点 ー越境学習を実践した人材を、職場がどう受け入れるか?

ここまでは、「誰が越境学習をするのか」、「越境学習で何をやるのか」という個人の視点に注目してきました。他方、企業組織の視点でも注目すべきポイントがあります。

第1回記事でも紹介したように、越境人材が「ナレッジブローカー」として社外の経験を社内に還元しようとする時、多くの場合、内部組織との葛藤や軋轢が生じます。その状況では、もちろん本人が社外の経験を内部に浸透させる努力をすることも必要ですが、同時に、そんな本人の活動に組織・職場がどう反応するか(歓迎するか/黙認するか/反発するか)も重要な要素といえます。つまり越境人材が社外の学びを現場に活かし、高いパフォーマンスを発揮できるかどうかは、それを受け入れる組織の風土や度量が大きく関係するのです。

越境学習を通じた能力開発では、本人の意識が変わることと、それが目に見える行動変化にまでつながることの間にはタイムラグがあることが分かっています(詳細は第3回記事(「越境学習」を通じた能力開発2つのパターン参照)。それだけに、越境人材の活動を組織として受け入れ、彼らが社外の経験を実務で活かせる風土を作ることは、個人の能力開発の視点からも重要といえます。

越境学習の成果を組織にも浸透・定着させる試みとして、NPO法人二枚目の名刺では、「NPOサポートプロジェクト」に企業社員がメンバーとして参加するだけでなく、プロジェクトをコーディネートする立場として体制を設計し、運営するという取り組みを始めました。 (図表3)

この取り組みを通じて、プロジェクトの数を広げ、越境学習というスタイルの認知向上と、それを受け入れる組織風土づくりを実現できるのではないかと考えています。

視点を変えると、人事の役割としても、越境人材の社外経験を「個人の特殊な経験」に留めず、職場や組織に浸透・定着させていくことが求められるといえます。このような新しい役割を企業人事がどう実践するのか、今後注目すべきポイントといえそうです。

4)まとめ:これからのビジネス環境の中では、越境学習の“質”が問われる

今後、組織の垣根がますますます低くなっていく中、ビジネスパーソンの役割は固定的なものにとどまらず、組織を越えて柔軟にチームを組むプロジェクトスタイルの働き方が増えていくと予想されます。そして、それに従い、組織を越えたコミュニティも様々な場で生まれてくると考えられます。

そんな潮流の中、越境学習というスタイルもまた、今後様々なところでの実践が広がっていくと予想されます。このような越境学習の“量的な広がり”の中で、今後問われるようになるのが、“質の高さ”です。「越境学習には本当に価値はあるのか?」という本質的な問いが、様々な企業や個人のニーズと重なって、より厳しく投げかけられるようになると感じています。

越境学習に価値があることは、筆者自身も信じて止みません。だからこそ、今後は、越境学習を“実施する”だけでなく、その価値を検証し、より研ぎ澄ませていくことが重要だと考えています。

変化の激しいビジネス環境の中で、越境学習というスタイルを一過性のブームで終わらせず、社会に定着させる。筆者自身、そんな「現在進行形」のチャレンジに取り組んでいる真っ只中です。引き続き、越境学習を本当の意味で価値ある取り組みとすべく、企業・行政・大学といった様々なプレーヤーの方々と共に、具体的な実践を積み重ねていきたいと思います!

以上

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松井 孝憲

松井 孝憲

NPO法人二枚目の名刺 理事・ディレクター。「NPOサポートプロジェクト」を人材開発プログラムとして立ち上げ、企業との協働を実践する。現在は、大学との協働を通じたプロジェクトの効果の実証研究や、行政との協働を通じたプロジェクトの地域展開に取り組む。