【新しい人材育成の形】「越境学習」の効果は企業文化によってどう変わるのか
本シリーズでは、人材育成の現場でキーワードとなりつつある「越境学習」とは何か、これまでの社員研修とは何が違うのかを語れるようになるために、押さえておきたい「越境学習」の基本を全5回でお届けします。

『越境学習を科学する』は越境学習の基本を知るシリーズ!
#0:【大企業病に効く!】組織の枠を超える人材育成の形「越境学習」を知るための基本文献・8選
#1:人事担当者が知っておきたい「越境学習」の主要論点
#2:「越境学習」で開発される人材能力とは?
#3:「越境学習」を通じた能力開発2つのパターン
#4:「越境学習」の効果は企業文化によってどう変わるのか
最終回:「越境学習」を企業価値につなげるための3つの展望

前回の記事では、越境学習の人材開発効果について、自己評価(意識変容)/他者評価(行動変容)という切り口から2つのパターンがあることをお伝えしました。今回は、越境学習を通じて開発される能力種類の企業ごとの違いについて、明らかにしていきたいと思います。

一口に「越境学習の能力開発効果」といっても、誰もが全ての能力を同じ様に開発できるとは考えにくいものです。どのような企業のビジネスパーソンであれば、どんな能力が伸びやすいのか、そこに企業ごとの違いはあるのか、これらの越境学習の効果を考える上で重要な論点について、掘り下げていきたいと思います。

1)「越境学習」を通じた能力開発7種類のレビュー

越境学習の学習効果の違いを考える前に、あらためて越境学習を通じた能力開発の内容について、簡単にレビューしたいと思います。(この点についての詳細は、本連載の第2回で紹介していますのでご参照ください)

NPO法人二枚目の名刺では、越境学習の実践プログラムとして「NPOサポートプロジェクト」を実施しています。このプロジェクトの事例調査から、プロジェクト参加者に越境学習を通じて7種類の人材能力が開発される、ということがわかってきました。

具体的には
“攻め”の3種類(「1.ミッションドリブン」「2.アントレプレナーシップ」「3.セルフグロース」)と、
“守り”の4種類(「4.ダイバーシティマネジメント」「5.チームビルディング-1」「6.チームビルディング-2」「7.スタビリティ」)
という一見相反する両方の能力が開発されるのです。(図表1)

これらの能力開発を通じて、「時には先頭に立ってメンバーを率い、時には不測の事態にも動じず、泰然としてメンバーを支える」というリーダーシップスタイルをプロジェクト参加者が身に付けるようになることが分かってきました。

今回は、「越境学習を実践した際、これらの7種類の能力について、企業ごとの効果内容に違いはあるのか、あるとすればどんな違いがあるのか」について明らかにしていきたいと思います。

結論からいえば、やはり企業ごとに越境学習の効果には違いが生じること、そしてその違いには、大きく2つのパターンがあることが分かってきました。以下では、この「越境学習の学習効果2パターン」について具体的に紹介していきます。

2)越境学習の学習効果パターン(1):新しい物事を自ら切り拓くフロント能力の開発

1つ目のパターンは、「“守り”よりも“攻め”の能力が開発されるパターン」です。図表2をご覧ください。これは、某外資系アパレル企業で「NPOサポートプロジェクト」を実施し、7つの能力種類ごとに、事前/事後の変化を定量化したグラフです。

このチャートからも分かるように、この企業の場合、全体として、”攻め”の能力の方が “守り”の能力よりも数値として伸びています。なぜこのような差が生じたのでしょうか?

この企業の場合、アパレルという業種の特性上、普段の業務においては、特定の目標に向けてきちんと店舗を運営していくことが主なミッションでした。そしてプロジェクトを実施した人事としても、「きちんと店舗を運営する」だけでなく、社外の実践を経験することで、より広い視野と高い視座を持って「新しい取り組みを自ら創り出す」ような人材を育成したい、という想いがありました。実際、プロジェクトに参加した社員も、「これまで一つの組織の中で店舗運営や統括を経験してきて、このタイミングで新しい世界に触れて、違った視野や経験を得たい」という意識が大きくあったのです。

つまり、この企業の場合、普段の業務環境のように、与えられたミッション/目標に向かってアクションするのではなく、自らミッションを定めて、それに向かって意思決定をし、物事を動かしていく経験こそが、大きな能力開発のポイントになったといえます。その結果、普段の業務ではできない経験を通じて、上述のように“攻め”の能力において大きな開発ポイントが生まれたと考えられます。

3)越境学習の学習効果パターン(2):不測の事態に動じないマネジメント能力の開発

2つ目のパターンは、1つ目とは逆に「”攻め”よりも”守り”の能力が開発されるパターン」です。図表3は、同じく「NPOサポートプロジェクト」を実施した某人材サービス企業の事前/事後の比較です。

この企業の場合は、上述の外資系アパレル企業とは逆に、全体として“攻め”の能力よりも“守り”の能力の方が数値として伸びていることが分かります。つまり、パターン(1)の場合とは全く逆の能力開発効果が出ているといえます。なぜこのような違いが生じているのでしょうか。

図表3をよく見てみると、この企業の事前状況においては、そもそも全体として”攻め”の能力が高く、逆に“守り”の能力が比較的低い数値であったことがわかります。つまり普段の仕事環境において、 “守り”のポイントに課題意識が持たれていたといえます。

実際、今回プロジェクトに参加した社員は、これからマネージャーとして、まさにマネジメントの役割にチャレンジしようする層がメインでした。そのため、プロジェクトへの参加動機としても、「これまでは営業担当として自らガツガツ仕事を遂行してきたけれど、これからはチームをマネジメントする立場になるため、どうやってマネジメントを実践するのか経験したい」という意識が持たれていました。

つまり、この企業の場合には、普段から自ら物事を推進していくという”攻め”の能力は発揮できていた一方、色々な事態にうまく対処しながらチームをマネジメントしていくことに課題意識があり、まさにそのポイントについて、プロジェクト参加(越境学習の経験)を通じて能力開発がされたといえるのです。

4)普段の環境の「能力課題」が、越境学習の価値となる

以上のように見ると、越境学習を通じた能力開発では、全てが一様に開発されるわけではなく、それを実践する企業や普段の業務内容によって、学習効果の内容に違いが出ることが分かりました。

しかし、それぞれの企業のパターンを見ると、それぞれの能力開発は全くバラバラなのではなく、大きく“攻め”と“守り”とで、効果の内容が大きく分かれる、というパターンがあることも明らかになりました。

ただし、これらの2つパターンの中にも、ある共通点があることが分かります。それは、「普段の業務環境において、課題意識の持たれていた能力こそが、越境学習を通じて大きく開発される」ということです。つまり、普段の環境ではなかなか開発しづらい能力(それは企業ごとに異なる)が、越境学習という普段とは異なる環境での学習を経て開発できると考えられます。越境学習の価値とは、このような「普段の業務環境では開発できず、課題となってしまう能力を伸ばす」という点にこそ、その本質があるといえそうです。

5)まとめ:越境学習の学習効果は全て明らかになったのか?

今回は、前回に引き続き越境学習の人材開発効果について、定量的なデータを用いながら、その価値を明らかにしてきました。この一連の分析から、これまで明らかになってこなかった越境学習の効果検証に、一つの視点を提示できていれば筆者としても嬉しく思います。

しかし、これで越境学習に関する論点が全て明らかになったわけではありません。むしろ、今回のリサーチをもとに、越境学習に関するより本質的な議論がなされていくことが必要だと考えます。

次回は、本連載でご紹介してきたリサーチ結果の統括として、今回の一連のリサーチから明らかになった重要なポイントをまとめ、そこから今後の越境学習の展望を示したいと思います。

関連記事>人事担当者が知っておきたい「越境学習」の主要論点

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松井 孝憲

松井 孝憲

NPO法人二枚目の名刺 理事・ディレクター。「NPOサポートプロジェクト」を人材開発プログラムとして立ち上げ、企業との協働を実践する。現在は、大学との協働を通じたプロジェクトの効果の実証研究や、行政との協働を通じたプロジェクトの地域展開に取り組む。