「越境学習」で開発される人材能力とは
本シリーズでは、人材育成の現場でキーワードとなりつつある「越境学習」とは何か、これまでの社員研修とは何が違うのかを語れるようになるために、押さえておきたい「越境学習」の基本を全5回でお届けします。

『越境学習を科学する』は越境学習の基本を知るシリーズ!
#0:【大企業病に効く!】組織の枠を超える人材育成の形「越境学習」を知るための基本文献・8選
#1:人事担当者が知っておきたい「越境学習」の主要論点
#2:「越境学習」で開発される人材能力とは?
#3:「越境学習」を通じた能力開発2つのパターン
#4:「越境学習」の効果は企業文化によってどう変わるのか
最終回:「越境学習」を企業価値につなげるための3つの展望

前回の記事では、越境学習をめぐる議論について、アカデミックな知見を交えながら、主要論点に触れてきました。また、そこで明らかにされていない論点として、「越境学習を通じて、ビジネスパーソンのどんな能力が開発されるのか?」という点があることをお伝えしました。

今回は、この「越境学習を通じた能力開発」について、NPO法人 二枚目の名刺「NPOサポートプロジェクト」の事例とその分析結果をもとに、掘り下げていきます。

1)越境学習特有の環境 ―リーダーシップを育む環境の特徴とは

NPO法人 二枚目の名刺で、越境学習を実践する取り組みとして実施している「NPOサポートプロジェクト」(以下、サポートプロジェクト)。これは、異業種の社員5-6名がチームを組み、社会課題に取組むNPOの事業を推進する約3か月間のプロジェクトです(図表1)。

このプロジェクトを通じて、ビジネスパーソンは、大きく3つの点において通常の業務とは異なる環境に置かれます。これこそが、越境学習のオリジナリティを生み出しているといえるのです(図表2)。

1つには「メンバーの多様性」です。サポートプロジェクトに集うメンバーは、バックグラウンドの異なる異業種メンバーで構成されます。また、パートナー団体となるNPOもなかなかビジネスパーソンが接する機会の少ない存在です。その環境下では、これまで社内で通じていた常識や慣行・言葉遣いまでもが全く通用せず、共通認識をゼロから作り上げていく必要が出てきます。

2つには「自身の価値観/意志を問われる経験」です。サポートプロジェクトのパートナーNPOは、様々な社会課題にいち早く気づき、それを解決するビジョンを明確に掲げ、使命感を燃やして活動する“フロントランナー”です。そんなNPOの熱い想いに触れることで、自分自身のこれまでの価値観が揺さぶられ、「自分は一体何をしたいのか?」を問われるようになるのです。

3つには「社会の最前線のテーマに触れる経験」です。NPOの取り組む社会課題は、そのどれもが誰も解決できていない、未踏の分野です。そんな “社会の最前線”で、社会を変える挑戦の当事者となることは、その後の自分を作る大きな原体験となります。

越境学習の人材開発効果を考える際、これらの特徴は注目に値します。普段得られない経験を通じてこそ、越境学習ならではの人材能力開発が可能となるのです。

2)越境学習の能力開発プロセスとは? ーサポートプロジェクトの3段階

では、プロジェクトを通じて、メンバーはどんなプロセスで成長するのでしょうか。約3か月間のプロジェクト中、メンバーは3つの段階を経験します*1(図表3)。

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*1この3段階については、石山(2017)にも詳しい。

第1段階は「お互いの違いを分かっていない」段階。そもそもサポートプロジェクトでは、取り組むテーマやゴールは予め設定されておらず、それを決めることから始めなければなりません。ここで、メンバーはそれぞれ意見を出すものの、全く違う前提や考え方を持っているため、言葉や意図がうまく伝わらない“空中戦”が発生します。また、メンバー同士だけでなく、メンバー/NPO間でもそのような齟齬が生じ、全体としてなかなか物事が進まない状況となります。

第2段階は「お互いの違いを認識する」段階。メンバーが“空中戦”をする中で、あるタイミングで、「実は、自分と相手の言っていることが全くちがった」と気づくのがこの段階です。この時、チームは、取り組みが振り出しに戻るような感覚となり、時には“修羅場”と呼ばれる状況が発生することもあります。

ここまでの段階は、場合によっては2か月間以上続くこともあります。取り組むテーマや具体的なアクションが定まらず、何をすれば上手くいくのか暗中模索のため、メンバーにとってかなりタフで、自分の能力に”壁“を感じる試練の時期となります。しかし、ここでメンバー/パートナーNPOそれぞれが、取り組みに対する想いや本音、価値観をぶつけ合うことで、チームに信頼関係が生まれ、第3段階「お互いの違いを統合する」段階に移行します。

この段階は、期間としては最後の2-3週間であるものの、多様なバックグラウンドのメンバーがミッションを共有し、まさに1つの「チーム」としてプロジェクトの成果を一気に作り上げるようになります。これは、第1・第2段階で試行錯誤しながら、徹底的にお互いの本音を言い合いながら培った信頼があってこそ実現できるチームワークです。この段階でメンバーは、これまでの業務とは全くちがう、多様なチームならでは取り組みの進め方・チームワークを実体験し、同時にこれまでの自分の仕事パターンをも“書き換える”ような実践を経験するようになります。

このようにみると、普段とは異なる環境での経験こそが、メンバーの成長のきかっけになるといえます。つまり、NPOサポートプロジェクトを通じて、普段ではできないタフな経験、自分の“勝ちパターン”をも書き換える経験を通じて、メンバーの成長が実現されることこそが、越境学習の醍醐味であるといえるのです。

3)越境学習を通じて開発されるリーダーシップとは?(1) ― “攻め”の3能力

このような経験を踏んだビジネスパーソンは、一体どのような能力が伸びるのでしょうか。NPO法人 二枚目の名刺では、サポートプロジェクトに参加したメンバーへのインタビューを通じて、参加者の能力開発を調査しました。その結果、サポートプロジェクトによる越境学習を通じて、大きく7種類の能力が開発されることが分かってきました*2
その7種類のうち、前半3種類はいわゆる”攻め”の能力です(図表4)。つまり、物事が決まっていないゼロベース状況でも自ら物事を決定し、動かしていくリーダーシップの能力といえます。

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*2調査方法として、プロジェクト参加者9名に対するインタビューを、プロジェクト事前・事後・3か月後の合計26回行い(1名のみ3か月後のインタビューを実施せず)、それらの文字起こしデータから28の能力開発ポイントを抽出、7種類の能力カテゴリに分類した。こちらのインタビュー調査にご協力いただいた法政大学大学院石山恒貴教授、東京経済大学小山健太先生に感謝申し上げます。

1つめは「1.ミッションドリブン」。サポートプロジェクトでは、プロジェクトに関わるメンバーやNPOがどんな想いを持って参加しているのかが、とても重要です。取り組みを共にするパートナーNPO・メンバーの価値観や想いを受け取りながら、その中で自分自身もまた、プロジェクトの当事者としてブレない価値観を表明して物事を進めていく能力が「1.ミッションドリブン」です。

また、上述の通り、サポートプロジェクトでは明確に決まっている事柄はほとんどなく、プロジェクトテーマや目標、チームの役割分担、取り組みのステップなど、すべて曖昧な状況からスタートします。この見通しの立たない状況であっても自ら意思決定を行い、前へ動かしていく能力が「2.アントレプレナーシップ」です。組織の一員として与えられたミッションを遂行するだけでなく、目線を上げて「自分たちは何をすべきか」から考え、決定・実行していくことは、自ら事業を始める状況と似通っているといえます。

そして、このような状況の中で、物事を進めていくには、どうしても自分ひとりの力で最初から実行することは難しく、常にメンバーからのフィードバックを受け入れながら、自身の成長を主体的に行っていくことが求められます。それが「3.セルフグロース」です。

4)越境学習を通じて開発されるリーダーシップとは?(2)―“守り”の4能力

他方、越境学習を通じた能力の後半は、”守り”の能力4種類です。自分の予想していなかった事態や、チームが思い通りに進まない状況であっても動じることなく物事をまとめ上げていくリーダーシップの能力です(図表5)。

まず「4.ダイバーシティマネジメント」。上述の通り、サポートプロジェクトのメンバーは普段の業務に比べて、各段に多様性の高いチームとなります。「4.ダイバーシティマネジメント」は、そんなメンバーの多様な思いを確認しながらチームの合意を形成していく能力です。

そして、このような多様性の高いチームで合意形成していくには、メンバー間での共通認識を作る場をあえて丁寧に設けることが必要になります。このような場を主導的に設計していく能力が「5.チームビルディング―1」、そして、その場において率直にコミュケーションしながら信頼関係を作る能力が「6.チームビルディング―2」です。

また、このように多様性の高いメンバーでは、これまでの自分の経験からは想像できないような不測の事態が発生することもあります。そのような状態でも懐深く、器の大きさを持ってチームを安定的に推進する能力が「7.スタビリティ」です。

このようにみると、越境学習(サポートプロジェクト)を実践するビジネスパーソンは、”攻め”と”守り”という一見相反する2方向の両方に成長するといえます。「時には先頭に立ってメンバーを率い、時には不測の事態にも動じず、泰然としてメンバーを支える」そのようなリーダーシップスタイルを身に付けることができるといえそうです。

5)まとめ:越境学習のリーダーシップは、誰もが同じ様に開発されるのか?

今回は、越境学習を通じて開発できる能力はどのようなものか、二枚目の名刺「NPOサポートプロジェクト」の事例から明らかにしました。では、これらの能力は、どんなビジネスパーソンでも同じように開発されるのでしょうか。

「どんな社員がどんな能力開発を実現しやすいのか」、「能力開発のパターンはあるのか」。越境学習の人材開発効果を、説得力をもって説明するには、こういったポイントを定量的に明らかにする必要がありそうです。 

次回は、この点について、これまでに実施した定量調査結果を用いながら、越境学習を通じた能力開発のパターンを明らかにしていきます。

【参考文献】
石山恒貴(2017)「パラレルキャリア―社会活動との循環的な学び―」『社会教育』847
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松井 孝憲

松井 孝憲

NPO法人二枚目の名刺 理事・ディレクター。「NPOサポートプロジェクト」を人材開発プログラムとして立ち上げ、企業との協働を実践する。現在は、大学との協働を通じたプロジェクトの効果の実証研究や、行政との協働を通じたプロジェクトの地域展開に取り組む。