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2枚目の名刺を持つことの意味とは何か。最近「パラレルキャリア」という考え方の広がりとともに、2枚目の名刺の価値が、キャリアの観点から注目され始めている。

キャリアとは、ラテン語の「carrus」(車輪の付いた乗り物)、あるいは「carraria」(車の轍)を語源とする言葉。そこから転じて、車が通ったあとに残る車輪の跡である轍(わだち)や人の足跡、経歴なども意味するようになった。現在は「職業生活と人生の経歴の軌跡の総体」「個人としての成長、発達」を指して用いられることが多い。

そもそも「キャリア」とは何なのか、そして不確実性が増す中で、2枚目の名刺を持つこととキャリアにどのような関係があるのか。雇用や人的資源管理を専門とする法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴氏に、キャリア理論と共に、日本社会のキャリア観の現在地などについて解説いただいた。

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「キャリアが財産」になる時代へ

現代では「働く=雇用」と考えられがちだが、雇用という形態自体は最近生まれたものだ。19世紀以前、雇用されている人は少数派。だから家業や職種を財産と見なしていた。

ところが20世紀以降、とりわけ高度経済成長期を境に雇用者が急激に増加。この頃から「終身雇用」という概念が定着し、雇用こそが財産になった。1955年時点の雇用者は就業者の約44%だったのに対し、2010年は87.3%まで増えている(資料:総務省統計局「労働力調査」)。

「つまり、雇用を信奉する価値観が根強い世の中だが、この形態はぜいぜいここ数十年のことにすぎない。雇用されるトレンドは今がピーク。今後は雇用に変わり、キャリアが財産になる時代になるという見方もある」と石山氏は指摘する。

 

キャリア理論の変遷

それでは、そもそもキャリアとはこれまでどのように考えられてきたのか。編集部で独自に調査し、まとめたキャリアに関連する主要な理論家と概念を紹介する。

【特性因子論】20世紀初頭、産業革命以降の米ボストンで職業指導運動に取り組んだフランク・パーソンズが提唱した理論。人には個人差、職業には職業差がある。個人の能力や特性と、職業に求められるスキルをマッチングさせれば、よい職業選択、職業適応をもたらすという考え方だ。

【ホランド理論】米国の心理学者ジョン・ホランドが1985年に唱えた、自分にどんな特性があるかを分析しようという理論。なかでも人を現実的、研究的、芸術的、社会的、企業的、慣習的という6つのパーソナリティタイプに分類すると同時に、それぞれのタイプに向いた職業・職種を示した「ホランドの六角形モデル」は広く知られている。

【プランドハプンスタンス】米スタンフォード大学教授のジョン・クランボルツらが1999年に発表したキャリア論で、「プランドハプンスタンス」とは計画された偶発性という意味だ。「自分のキャリアは自分自身で意図的に形成していくもの」という従来型のキャリア論の限界を指摘し、注目を集めた。ただし、単なる運命論ではなく、「個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される。だからこそ、そうした偶然にただ身を任せるだけではなく、自ら良い偶然を引き寄せるべく常に準備が必要」というのが主張の核。「好奇心」「持続性」「柔軟性」「楽観性」「冒険心」という5つの行動特性を持った人に良い偶然が起きやすいと説いている。

【積極的不確実性】米スタンフォード大学教授のハリィ・ジェラットが1989年に発表。ジェラットは、生涯にわたり安定したキャリアを描くことが難しい状況下では、その不確実性も肯定的に捉えて、意思決定していくことが必要だと主張している。

【ライフ・キャリア・レインボー】1950年代に米国の教育学者のドナルド・スーパーが発表した。キャリアを、人生のそれぞれの時期で果たす役割(ライフ・ロール)の組み合わせと定義。市民、職業人、配偶者、家庭人など複数の役割の経験を果たす中でキャリアが確立されると考えた。生涯における各ライフ・ロールの重なり合いを「キャリアの虹」と呼ばれる概念図で示している。パラレルキャリアにかなり近い。

【プロティアン・キャリア】米ボストン大学教授で、心理学者であり組織行動学者であるダグラス・ホールが1976年に提唱した。ギリシャ神話の海神で、変幻自在に姿を変えることができたプロテウスにちなんで名付けられた。ホールは環境の変化に応じて、自分の姿を変幻自在に変えていけるようなキャリア形成が重要と考えた。

【キャリア・アンカー】米マサチューセッツ工科大学教授で、組織心理学者のエドガー・シャインが1978年に提唱した概念。キャリア・アンカーとは、キャリア選択にあたって、最も大切にしたい価値観や欲求のこと。仕事そのものではなく、価値観をベースに職業を選択していくという指摘だ。

【転機の理論】米メリーランド大学教授のナンシー・シュロスバーグが唱えた。人生の大きな変化である「転機」を乗り越える方法を体系化。人生には多様な転機が連続的に訪れ、それを乗り越える努力や工夫を通じてキャリアが形成されていくという考えを示した。なお、転機の3段階のプロセスについて述べた、ウィリアム・ブリッジズの理論も有名である。

 

「キャリア・アダプタビリティ」(適応力)への注目

このようなキャリア発達に関する様々な理論は、それぞれの時代の社会経済の動向を背景として展開されたものである。変化の激しい時代において、長期的なキャリア目標を立てることが疑問視されている今、重視され始めたのはアダプタビリティ、環境への適応力だ。「長期目標を一度につくってしまうのではなく、環境は変わるものだという前提に立ち、不連続な現実にどう適用していくかが重要だ」と石山氏は強調する。

そこで注目されているのが、ノースイースト・オハイオ医科大学教授のマーク・サビカスが唱えた「キャリア・アダプタビリティ」だ。そもそもキャリア研究の第一人者であるドナルド・スーパーの理論に基づき、サビカスが発展させたものである。

これまでの諸理論を統合しつつ、変化の激しい時代に沿ったキャリア形成理論だ。適応力を高めるには、キャリアへの「関心」「統制」「好奇心」「自信」の4つが重要とサビカスは説いている。なぜその仕事を選択し、どのような意義を見出しているかといった自身のライフテーマを確認し続け、その時代に最も適したキャリアを磨くことで、環境の変化に動じないキャリアが形成される、と考える。

それでも、日本型雇用は衰えていない

それでは、このようなキャリア理論を念頭においた際、日本社会ではどのようなキャリア観が持たれているのか。日本でキャリア理論を考えていくとき、日本型雇用は世界でも特別な仕組みだと考えなくてはいけない。近年、日本型雇用は衰えたと言われるものの、様々な意識調査では、実は、逆の結果が出ている。

労働政策研究・研修機構(以下、JILPT)が2015年に実施した「第7回勤労生活に関する調査」(全国20 歳以上の男女2,118人の調査)では、50.9%が1つの企業に長く勤める働き方を望んでいる。

「終身雇用」や「年功賃金」を支持する人の割合も増加傾向にあり、終身雇用を支持する人の割合は過去最高の87.9%。年功賃金を支持する人も76.3%と過去最高の高水準だ。年代別でみると、特に20歳代から30歳代の支持割合が急激に上昇している。

また、JILPTの「ユースフル労働統計2015」に掲載されている統計を見る限り転職率は横ばいで、増えているというトレンドはない。むしろ1980年と2014年で比べると、勤続年数は延びている。

企業の人事部門はこれをどう見ているのか。JILPTが企業の人事担当部門を対象として2008年に実施した「企業における人事機能の現状と課題に関する調査」によれば、人事担当者の79.2%が「日本の雇用制度が欧米の企業と異なっているのは当然である」と考え、「従業員の生活を保障するのは企業の務めである」と捉えている担当者は86.8%に上る。「人事担当部門としては日本型雇用を今後も維持していくことは重要であり、義務だと思っていることを示している」(石山氏)。

JILPTの濱口桂一郎氏によれば、欧米の雇用システムは仕事に人がはりつく「ジョブ型」。一方、日本の雇用システムは人に仕事をはりつける「メンバーシップ型」。就職ではなく、就社と言われるゆえんだ。メンバーシップ型では、会社側に時間と空間と職務のすべてが拘束される。だから労をいとわず働き、辞令一本で単身赴任をしたり、人事から営業に異動したりしなければならない。

新卒一括採用もメンバーシップ型の特徴だ。この仕組みのおかげで世界の中でも日本の、とりわけ若者の失業率は圧倒的に低い。メンバーシップ型にはそうしたメリットもあり、短絡的にジョブ型にすればいいというわけでもなさそうだ。

 

「キャリアは自分で作る」という考え方と「パラレルキャリア」の広がり

米ゼネラル・エレクトリック(GE)のCEO(最高経営責任者)を務めたジャック・ウェルチはこんな言葉を残している。

Control Your Own Destiny or Someone Else Will

(自らの運命を支配すること。さもなければ、あなたの運命は他人に支配されてしまう)

この言葉通り、GEでは自分でキャリアを開発したいと思う人材には、EMS(社内履歴書)、社内公募、メンタリングなど多様なメニューを用意している。一方で、自身のキャリアを人任せにしてしまう場合には全く使えない制度ばかりだ(糸井重夫編(2009)『日本経済の変容と人材』松本大学出版会より)。

この思想に近い日本企業が、ソーシャルゲーム事業などを手掛ける面白法人カヤックだ。カヤックでは役職がなく「さん」付けで呼び合うフラットな文化になっている。「つくる人を増やす」という経営理念にもとづき、社員の提案を重視する。また「月給ランキング」という仕組みにより、同じ職種同士の相互投票によってランキングを決め、結果を月給に反映する。

このほか、サイコロ給というユニークな試みもある。サイコロを振り、目の数が多いほどたくさん給与がもらえるというもの。人間が人間を評価するなんて、そもそもいい加減なものであり、給料の仕組みにも、そのくらいの遊びがあっていいのではないか、他人からの評価で暗い気持ちになるのはもったいない、という趣旨で、こうした一見奇抜な制度を導入している。

このような、「キャリアというものは、会社に与えられるのではなく、主体的に自分で作るもの」という考え方とともに、近年の日本でも注目され始めたのが、「パラレルキャリア」という考え方である。

パラレルキャリアとは、経営学者のピーター・ドラッカーが提唱した新しい生き方の一つ。本業以外に仕事を持つことや、ボランティア活動をすることなどを指す。人間の平均寿命が延びる一方、企業や事業の寿命が短くなっている。並行して取り組むことで、それぞれを相互に生かそうという考えだ。メンバーシップ型の場合、あたかも人生すべてを会社に預けてしまいがち。パラレルキャリアは、そうしたシングルキャリアの反対概念だ。

「キャリアを自律的に考えることの重要さが指摘されているのに、依然としてシングルキャリアに近い状況に日本全体がとどまっている面がある。それをバランスさせるために、今後ますますパラレルキャリアに注目が集まっていくに違いない」(石山氏)。

このようなパラレルキャリアの広がりは、2枚目の名刺を持つことをキャリアの観点から考える際に、示唆に富む。今後、2枚目の名刺という考え方が広がることは、自分自身の社会への関わり方を、より主体的に考える人々が増えていくことを意味する。その時こそ、日本の新しい社会の在り方が個人にまで定着することになると考えられる。

文:荻島央江

【解説者紹介】

石山恒貴(いしやまのぶたか)
法政大学大学院政策創造研究科教授

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。

NEC、GEにおいて、一貫して人事労務関係を担当、米系ヘルスケア会社執行役員人事総務部長を経て、現職。人的資源管理と雇用が研究領域。ATDインターナショナルネットワークジャパン理事、タレントマネジメント委員会委員長。NPO法人キャリア権推進ネットワーク研究部会所属。主な論文に、Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of Knowledge Management, Vol.20 Iss 6,2016.

著書に、『時間と場所を選ばない パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『組織内専門人材のキャリアと学習』(日本生産性本部生産性労働情報センター)等
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注)本記事は、二枚目の名刺ラボ(2016/5/22開催)で法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴氏が説明した内容と質疑内容をもとに作成しております。

 

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