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副業を解禁するとき、企業は労働契約上の義務や健康管理の問題をどのように整理するか(上)

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※この記事は、森・濱田松本法律事務所・荒井太一弁護士からの寄稿文です。

前稿(厚生労働省「柔軟な働き方に関する検討会」における副業解禁議論とは)では、厚生労働省「柔軟な働き方に関する検討会」における副業解禁議論のポイントと今後の課題をお伝えしました。

本稿では、企業が従業員に副業兼業を許可した際、労働契約上の義務や健康管理の問題をどう整理するかということについて述べたいと思います。

「副業」というパラダイムシフト

「柔軟な働き方に関する検討会」では、副業を許可する場合の本業の対応についても充実した議論が行われました。

そもそもこれまでの労働法は、「労働=させられるもの」という発想に立っていたといえます。逆に言えば、「労働」は労働者が自ら進んで行うものではなく、あくまでも命令を受けてやらざるを得ないもの、ということが前提にあると言えます。したがって、労働契約を規制する労働基準法や労働行政もこれを当然の前提としてきました。

ところが、副業の場合は、本業が命じてやらせるものではなく(本業が労働者に対して、他社で働くことを命ずる場合、「出向」となります。)、これまでの規制の前提と整合しない点が出てくることになります。したがって、副業という行為はいわば「想定外の事態」であるとも言えます。

本検討会においても、労働法学者の委員から「副業・兼業と労働法ということですけれども、副業・兼業というのは、これも私の意見ですが、従来の使用者に対する責任を担保とする労働法との関係で言うと、本当に大きな問題だと思っています。」との発言がなされており(検討会第4回における小西委員ご発言)、このパラダイムシフトにどのように対応すべきかについては、従前の規制の考え方を当然に適用できるものではないことを理解する必要があるように思います。

そのうえで、企業は副業を認める場合であっても、本業の労務提供上の支障がないことや、企業秘密の漏えい等がないこと、競業避止義務に違反しないこと、については、労働契約上の義務として当然に要求することができます。また、労働者に対して、こうした注意喚起を行うことも合理的です。

労働時間通算制に関する議論

 (1) 労働時間通算制の考え方と批判

本検討会を通じて、最も大きな議論となった点は、労働時間通算に関する解釈です(なお、この議論は、本業について雇用契約、副業についても雇用契約(雇用+雇用型)を締結するような場合にのみ問題となります。検討会第1回資料6・19頁)。本業・副業のいずれかが業務委託など雇用契約以外の契約形態の場合には問題となりません。)

すなわち、労働基準法第38 条においては、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」とされているところ、「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含む、とするのが労働行政の立場(労働基準局長通達(昭和23 年5月14 日基発第769 号))になります。つまり、本業で8時間就労した後に副業で勤務する場合は、副業の勤務は(すでに本業の勤務により法定労働時間である8時間を超えていることから)、すべて法定外労働時間となり、割増賃金の支給対象となります。

しかし、この解釈については、従来より様々な疑問が呈されていました。たとえば、有力な学説では、「兼職の事実を知らないまま法定労働時間を超えて労働させた使用者に労基法違反の責任を課すことは不公平となる。また、兼職に伴う長時間労働のリスクは労働者自身が負うべきものである。」として、このようなケースでは「通算性の適用を否定すべき」(土田道夫「労働契約法」(第二版)311頁)との考え方や、現在の法制度においては「この規定は、同一使用者の下で事業場を異にする場合のことであって、労基法は事業場ごとに同法を適用するために通算規定を設けたのである」と解すべきとの考え方(菅野和夫「労働法」(第11版補正版464頁))が示されています。

(2) 現在の労働行政における立場でも、本業が副業の労働時間を把握する法的義務はない

こうした学説上の批判があるだけでなく、上記の労働行政の解釈は様々な理論的・実務的な問題があります。

まず、そもそもこのルールに実効性がほとんどないという点が挙げられます。

実は、上記の労働行政の立場においても、本業が副業の労働時間を把握する法的義務はないと考えられています(※)。もちろん、本業は賃金を適切に支払わなければならないので、反射的効果として労働時間を把握する必要があるのですが、副業についてはその対象となりません。なぜなら、使用者に当該労働者が、他の使用者のもとでも労働しているとの故意(認識)がなければ法違反は成立しないとされており、副業における労働時間を知らなければ副業における賃金計算の必要は生じないとされているからです。

この点、労働時間通算制の考えのもと作成された厚生労働省のQ&Aにおいても「通算した所定労働時間が既に法定労働時間に達していることを知りながら」労働させた場合、との限定が付されています。つまり、本業・副業それぞれがお互いの労働時間について把握してなければこの労働時間通算は生じないことになります。

【※なお、現在、労働安全衛生規則に労働時間を把握する義務を設ける検討がなされておりますが、労働安全衛生法及び労働安全衛生規則には、労働基準法38条のような他の事業場であってもこれを通算するとの規定は存在しないため、本論点とは直接の関係は生じません。】

 

もちろん、本業が副業について労働時間の報告をさせれば一定程度副業の労働時間を把握することは可能です(ただし、自己申告に依拠することが適切か、という問題は残ります。)。ところが、本業が、労働者の、本業以外の事項について介入することを認めることは、労働者のプライバシーへの侵害の問題を引き起こし、人格の独立性を損ないかねません。

さらに、副業先における就労状況や就労時間は副業先の管理する情報でもあり、場合によっては副業先の企業秘密にもなり得ますので、当然に本業が副業先又は労働者に対して開示を求められるものでもありません。したがって、無条件に、本業が副業の労働時間を把握すればよいとの考え方はとり得ないと言ってよいと思います。

このように、本業が副業の労働時間を把握しようにも、法律上これを認めればかえって労働者のプライバシーや副業の情報管理との兼ね合い問題も生じることを考えれば、実務的にもこのルールを守ることは極めて困難といえます。

(3) 刑罰法規としてあまりに不明確

また、そもそも、労働基準法は、違反者には懲役刑も課せられる刑罰法規であり、かかる刑罰法規には、その内容が国民にわかりやすいものでなければならないとする罪刑法定主義上の原則(明確性の原則)が要請されます。しかしながら、「使用者が異なる場合にも」労働時間を通算するという解釈は、法文上に記載がなく、また、仮にそのように解釈するとしても具体的な法的効果は依然として不明確です。

したがって、この解釈のもと是正勧告や刑事罰を課すことは問題があると言わざるを得ないように思います。

この点、法律の解釈については、最終的には裁判例において決せられるべき問題ですが、裁判所においてこの論点への解釈が示されたことは、少なくとも筆者の知る限りでは存在せず、結局、現状においても、いずれの解釈が正しいかは確定していません。

さらに、厚生労働省が確認できる限り、独立した使用者間における副業において、労働時間を通算するよう行政指導を行った実績も存在しないとのことであり、結局規制としても実行できないものとなっています。

(4) 望ましいルール作りとは

このように、使用者が異なる場合でも、労働時間を通算するという解釈は法律的にも実務的にも問題が多いため、この解釈は撤回することが望ましいように思います(なお、使用者間で副業を行わせることについて意思の一致がある場合など、例外的な場合は通算するといった取扱いがあり得るように思います。)。

昭和23年当時と現在の労働環境が大きく変わっていることは疑いようがなく、本検討会の報告書でも、かかる解釈について「見直すべき」との報告を行っています。また、平成29年12月8日に閣議決定された「新しい経済政策パッケージ」のなかでも、副業・兼業について、「働き方の変化等を踏まえた実効性のある労働時間管理の在り方や労災補償の在り方等について、労働者の健康確保に留意しつつ、労働政策審議会等において検討を進める」という決定も出されました。

このように、労働時間通算について見直しの方向性は出されましたが、さらに、下記の健康確保措置ともあわせてあるべきルール策定についても注目されます。

ーーー(下)に続く

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ライター

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荒井 太一
ライター
厚生労働省労働基準局で勤務した初めての弁護士であり、労働基準法および労働契約法をはじめとする労働関係法規に豊富な知見を有する。 著書『実践 就業規則見直しマニュアル』(労務行政)等多数
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